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足立区出身税理士の海外旅行記

地元の東京都足立区で事務所を開業している税理士の海外旅行記です。

総括(ミャンマー旅行73)

 フライトは定刻通りヤンゴン空港を出発し、成田到着は定刻よりも30分近く早かった。気流の影響とは言え、復路便の早さには驚かされる。無論早いことは大変結構なのだが、東南アジアの復路便の多くは夜行なので、機内食や離発着の時間を考えると睡眠時間はせいぜい2~3時間。この時も例外ではなく、成田から自宅までの帰路は何度も強い睡魔に襲われた。
 しかし、その睡魔を通勤ラッシュが妨げた。アクセス特急は鎌ヶ谷駅付近から混雑し始め、高砂駅到着時には完全なラッシュ状態で下車するにも難儀した。しかも、8時過ぎの同駅ホームは人で溢れ返っており、向かい側の普通電車を待っている間も結構面倒であった。この日は、一般的な会社の仕事始めであり、皆それぞれに大型連休を満喫したことだろう。そして、私の連休もこれをもって終了である。
 今回の旅行は、再三述べている最終日の一件を除けば間違いなく断トツのベストトリップであった。やはり幾度となくミャンマー人の優しさに触れたという点が大きく、バガン遺跡の素晴らしさがこれに続くだろう。無論、マンダレーの落ち着いた雰囲気やヤンゴンの溢れんばかりのパワーも印象深かったし、ミャンマーの乗り物はそれぞれ独特の風情があった。
 今後の旅程は未定であるが、やはり秋から冬は東南アジアに限る。このミャンマー旅行を超え、バガン遺跡を上回る観光資源を見るべく、これからも世界各地を旅したい。

(完)

中野浩志税理士事務所
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紙幣の持ち出し(ミャンマー旅行72)

 ミャンマーでは、チャット紙幣を国外に持ち出すことは禁止されている。紙幣コレクターの私にとっては一大事であるが、紙幣が荷物検査に引っ掛かるわけではないので、荷物の中にしっかり隠せるかどうかが重要であった(私は必ず全ての荷物を機内に持ち込むので、ここでは「預ける」という方法は除く)。
 念のため、ズボンの内外ポケットや電気カミソリ入れの中、鞄の目立たない場所などに各紙幣を分散していたのだが、幸いにも荷物の中身を調べられることはなかったので、ここまで用意周到に隠す必要はなかった。しかし財布の中だけは調べられた。理由は、セキュリティゲートのブザーが鳴って保安係員が私のボディチェックを行った際、ブザーが左ポケットに反応したので見せろと訴えてきたからである。
 その時、財布にはドル紙幣しか入っていなかったので全く問題なかったのだが、ここでチャット紙幣が見つかれば間違いなく没収されていただろう。或いは、このパターンでチャット紙幣を見つけるケースが多いので、ブザーが鳴ったら財布を提示させるよう一律に求めているのかもしれない。持ち帰っても何の価値もない紙幣ではあるが、コレクション用にと考えている場合には、若干の注意が必要である。

中野浩志税理士事務所

5時間の過ごし方(ミャンマー旅行71)

 空港ゲートに入ってチェックインできるのは2時間前からなので、約3時間はスマホに保存している画像の整理や日記を書くなどして時間を潰した。そして、ようやくチェックインからセキュリティチェックと進み、免税店エリアに足を運んだ。他の国際空港と比べてシャビーな感は否めないが、それでも小さなお店が数軒営業していた。先のとおりゴールデンロックで土産品を買うことができなかったので、ここではまずゴールデンロックの置物(1万チャット=約1,200円)を買った。ゴールデンロックの麓に立ち並ぶ土産物店で買えば、おそらく半額位であったことだろう。
 次に、チャット紙幣が3千円相当分余っていたので、Tシャツを2軒の店で各1枚ずつ買った。価格は7千チャット(約840円)と1万チャット(約1,200円)と先進国相場であったが、チャット札を残しても意味がないので、記念として持ち帰る分を除いて使い切ることにした。ちなみに、ここで買ったTシャツは、バガンで買った2,500チャットのTシャツとは異なり縫製がしっかりしていたが、価格を考えれば当然のことだろう。
 その後もしばらくは土産物店を冷やかしていた。どの店にも主にヒスイや漆製品、木製や金ピカの仏像などが置かれており、私と同じ便に搭乗する日本人が余ったチャット紙幣で買っている光景を数多く目にした。と同時に、旅もようやく終わりであることを感じた。

中野浩志税理士事務所

僅かな反撃(ミャンマー旅行70)

 不満足な食事を済ませて一路ヤンゴンへ向けて出発。私は終始目をつぶるなどして無言であったので車内の雰囲気は最悪であったが、後部座席の旅行者とは若干話をした。聞けば、ベルギー人である彼らはヒッチハイク?でゴールデンロックに来たのだが、復路の交通手段が確保できずに2~3時間麓でうろうろしていたとのこと。丁度そこにこのドライバーが現れてピックアップしてもらったとのことであった。仮に、ドライバーがこうした事情を丁寧に話した上で私の了解を求めていれば、間違いなく同乗を許可しただろう。だが、今となっては後の祭りである。
 ドライバーが復路の休憩について尋ねてきたが、私は「このまま進め」と一言だけ告げた。理由は、とりあえず一秒でも早くこの車から脱出したかったからである。ドライバーは少し驚いた顔をしていたが、幸いにも2人の同乗者も同意見であったので、このまま走り続けた。往路の彼の言葉を借りるならば、気を利かせてドライバーにお茶の一杯でも奢れとのことだろうが、今となってはそのような義理はない。彼の驚いた表情が小気味良かった。
 こうしてヤンゴン空港には17時過ぎに到着。フライトは22時過ぎであるから5時間以上前に到着したことになる。夜道を走るのは不安であったとしても18時着で十分であり、結果的にはゴールデンロックに後1時間は滞在できたことになる。再び怒りが込み上げてきたので、ドライバーの「テイクケア」という2度の言葉を無視し、当然のことながらチップも渡さず空港ビルに入った。いずれにしても、何とも後味の悪い結末であった。

中野浩志税理士事務所

情けない対応(ミャンマー旅行69)

 この時の出来事を忌まわしいと思う理由は2つある。一つはドライバーに対する怒りと、もう一つはここで何もできなかった自分自身の不甲斐なさである。結論として、私はこの時これ以上のことを何もしなかった。
 その理由としては、(頭を過った順番に)①英語で抗議しても負けることに加え、凶暴なこのドライバーに噛みつくことが怖い、②このドライバーが逆キレし、私を置いて行ってしまう可能性がある、③既に金を全額支払っているので、戻ってくる可能性がゼロである、であった。
 特に②をされると、この日が帰国日であることから飛行機に乗り遅れる恐れもあり、これは絶対に避けたかった。私が知る限りにおいて、このドライバーは大変聡明な人物であると思われたので、この点も十分考慮した上で客を取った可能性は十分ある。仮にこの日に私がヤンゴン宿泊であれば、(ホテルに告げ口されることを恐れて)ここまで露骨なことをしなかったかもしれない。
 そして、この事態に大いなる不満を持ちながらも実質的に容認した後の対応も最悪であった。昼食はローカル食堂に連れて行かれ、食っている途中にもかかわらず「もう行こう」と強制終了(他の3名は皆昼食を済ませていた)。しかも、この時にオーダーした普通のカレーセットは3千チャット(約360円)と明らかに割高であった。おそらく私がトイレに行っている間に全員分の水代(私が食べている間に他の3人は水を注文した)を私に請求するよう、ドライバーが店側に告げたのであろう。会計直前にトイレに立ってしまった私も迂闊であった。いずれにしても、この時の私の心は完全に折れていた。

中野浩志税理士事務所

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