足立区出身税理士の海外旅行記

地元の東京都足立区で事務所を開業している税理士の海外旅行記です。

国立モスクのガイドに要注意(インドネシア旅行15)

 ジュアンダ駅から国立モスクまでは徒歩10分程度。途中ココナツジュース(1.5万ルピア=約135円)で喉の渇きを潤した。
 モスクに到着すると、入口前で子供が靴入れ用のビニール袋を配布していた。千ルピア(約9円)支払ってビニール袋に靴を入れ、それを持って入口を通過すると内部見学に際してはガイドに案内してもらうように言われた。実は、ビニール袋の件も含めてこの一連の流れは、事前にインターネットで確認済であったことから驚きはない。ガイド(英語)として付いたのは60歳前後の初老の男性であり、片言レベルではあるが日本語も含めて4か国語を操るという強者であった。
 彼はモスク内部について15分程度説明し、私の写真も何枚か撮ってくれた。移動中は、彼の家族の話や日本に関する話題などの会話を楽しみ、最後の別れ際に予想通りチップを要求してきた。ここで重要なのは、モスクに対するドネーション(寄付)ではなく、おそらく彼個人に対するチップであろうという点である。適正相場は1万ルピア(約90円)程度であり、彼のガイドぶりが良かったことを考慮しても2万ルピア(約180円)で十分過ぎる金額であろうと考え、2万ルピア札を渡した。
 だが、彼が要求してきた金額は5万ルピア(約450円)。日本人は皆5万ルピア支払っており、これが適正相場であるといった極めていい加減な理由付けまであった。これもインターネットで事前確認済であり、「やはり来たか・・・」と思った。我々の認識からすると決して高額ではないが、現地相場では完全なぼったくり金額である。無論、「ノー」と明確に断った。これ以上食い下がるようであれば強い対応を取るつもりであったが、意外にもあっさり引き下がった。彼としても既に(私が考える)適正相場の倍額を手に入れているのでまずまずOKと考え、ここで揉めることは得策ではないと判断したのだろう。その後は無言で出口まで移動してバイバイ、モスクを後にした。この旅行中における唯一の不愉快な出来事である。
 果たして、訪問者のうち何割が言い値の5万ルピア支払っているのかわからないが、これが固定化すると適正相場として根ざすことで、その後の旅行者が拒否することは困難になる可能性が高い。こうした相場感については、常に十分な意識をもった上で対応していく必要があろう。

中野浩志税理士事務所
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最大の難所(インドネシア旅行14)

 今回旅行における最大の難所と言えば、このコタ地区から国立モスク(イスティクラル・モスク)までの移動であった。
 トランスジャカルタで国立モスクに行くためには、ハルモリというバス停で別の路線に乗り換える必要があり、乗り換え自体は今朝も経験していたことから特段難儀はないと考えていたのだが、それが落とし穴の始まりであった。
 まず、ハルモリまでは往路と同じ路線を使えば良いので問題はなかったが、このハルモリは多数のバス路線が交わる交通の要衝であり、ここから正しい路線バスを見つけることが一苦労であった。そして、時間が夕方ということでバス停にはバスを待つ人々で溢れかえっていたことも疲労・混乱を増した。加えて目的のバスはなかなか来ず、ようやく来たバスには目的地の表示がないので乗るべきバスなのかどうかもわからない。さらに、誰かに確認したいと思っても凄まじい混雑のためにかなわず(何しろ全く身動きが取れない)、結局時間だけが徒に過ぎて行くというハマりパターンの状態に。挙句の果てには、私が並んでいたレーンが正しいレーンではないことが判明。再度別のレーンに並び直すという最悪の状況となった(このレーン間の移動も一苦労)。
 バス停は屋根つきの建物内とはいっても空調は効いておらず、乗降客の混雑も凄まじいので肉体的・精神的な疲労度はこの旅行中MAXを迎えた。そして、このバス停に到着してから既に1時間が経とうとしていた。このバス停に到着した後、速やかにタクシーを利用しなかったことを心から悔やんだ。
 すると、突然何台かのバスが立て続けに到着した。そばに居た係員に国立モスクの名前を言うと「YES」とのこと。バス内の混雑も相当なものであったが、とりあえず降車バス停(ジュアンダ駅)さえ間違わなければ、ようやくこのカオス地獄から脱することができると考え、ひたすら数分間耐え続けた。

中野浩志税理士事務所

ローカルエリアを歩く(インドネシア旅行13)

 まず、ファタヒラ広場前にある歴史博物館(入場料5千ルピア=約45円)を観光した。ここはオランダ植民地時代に市庁舎として建設された建物であり、内部はその時代に使用された家具・調度品などが展示されている。このエリアの観光の要と言ってよいだろう。
 続いて、広場を北上して海洋博物館を目指すことにした。歩みを進めるとローカル色が益々濃くなり、物騒な雰囲気を漂わせる貧困エリアと思しき場所を移動。交通量は多いものの信号は一切ないので道路横断には細心の注意が必要であり、これは結構大変であった。
 歩くこと約15分、ようやく「見張り塔」と言うオランダ時代のタワーに到着。タワー頂上からは、魚市場やVOC(東インド会社)がマークされた建造物、東インド会社のスパイス倉庫を利用した海洋博物館などオランダ植民地時代の風情を堪能することができた。海洋博物館(入場料5千ルピア=約45円)では、残念ながら体力消耗により海運に関する多数の展示を十分に見ることができなかったが、中庭から眺める素晴らしいコロニアル建築群は一見の価値ありである。特に、この周辺まで一般観光客が足を延ばすことは少ないという点からも、自身のペースでノスタルジックな雰囲気を感じたい人には特にお勧めである。 
 その後は、ブサール川にかかる跳ね橋や、壊れかけた古いコロニアル建築の建造物を見学して15時頃にファタヒラ広場に戻り、屋台でミーゴレン(1.4万ルピア=約130円)やカットマンゴー(1万ルピア=約90円)などを食した。ちなみに、ミーゴレンは適度なスパイシーさもあって最高の味であったが、マンゴーは明らかに固過ぎた。
 こうして充実のコタ散策を終え、次なる目的地に向かうべくコタを後にした。

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コタ駅前の喧騒(インドネシア旅行12)

 国立博物館(入場料は1万ルピア=約90円)の外観は見事なコロニアル建築であり、内部の展示も相当な充実ぶりであった。私は1時間程度費やしただけであったが、ゆっくり見ていけば丸1日がかりであろうし、その価値も十分ある。
 続いて、博物館前からトランスジャカルタに乗ってコタ地区に向かった。コタ地区はオランダ植民地時代の面影が現在でも色濃く残る歴史エリアであり、ジャカルタ中心部とは全く異なる様相を呈している。
 バスを降りた後は、エリア中心部であるファタヒラ広場に向かいたかったのだが、どの出口から行けばよいかわからず、しばらくはバス停周辺をうろうろする羽目に。昼時ということで気温は更に上昇して体力的にはきつかったが、東南アジア独特の雑踏と喧騒を久しぶりに感じることができた。これは、先ほどのモナスタワーなどジャカルタ中心部のそれとは明らかに異なるカントリーサイド特有の雰囲気であり、この雰囲気を経験できることが東南アジア旅行の最大の醍醐味と言って良いだろう。散策中にベチャの客引きから頻繁に声を掛けられるものの、しつこさはない。露店でオンデオンデ(ゴマ団子=1個2千ルピア(約18円))や現地のパン(1個3千ルピア=約27円)などを買ってお腹を満たしつつ、ようやく目的地のファタヒラ広場に辿り着いた。
 広場はモナス内と同様に多くの人で賑わっており、多数の露店が出店していた。また、(モナス広場でもそうであったのだが)広場には着ぐるみ人形やパフォーマーを各所で見ることができ、その賑やかさを一層際立たせていた。

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朝のモナス(インドネシア旅行11)

 朝食を済ませ、改めて7時過ぎにホテル出発。昨日確認したとおり、トランスジャカルタ用の磁気カード(4万ルピア=約360円)を購入し、乗換え1回を経てモナス入口前に辿り着いた。ちなみに、前述の通りこの磁気カードの有効期限・回数などは不明であるが、少なくとも2日間に亘って数回利用できたので、まあ良しとしよう。
 8時前にもかかわらず、モナス広場は多数の市民で溢れかえっていた。この日が土曜日ということも影響しているのであろう。また、学校の社会科見学風のグループも何組か目にした。モナス入場口前には7時50分に到着。しかし、8時になってもゲートは開かず、結局オープンしたのは8時20分であった(入場料は1.5万ルピア=約135円)。30分待ちなので一見大したことはなさそうだが、朝8時とは言え気温30度超え+真上からの日差しはかなりの体力消耗要因である。ゲートからしばらく歩き、モナス頂上に登るエレベーター前で更に20分程度待ち、タワー頂上に着いたのは9時過ぎであった。
 このタワーの高さそのものは大したことはないが、ここからは高層ビル群や自然系、カントリーサイドなどジャカルタの様々な顔を見ることができるという点において大変興味深い。また、昨晩迷い続けたモナス敷地内の構造も概ね理解できた。入口は四角に各1か所ずつ設置されており、1辺1キロはあるだろう。首都の主要駅前にこれだけの敷地を有する公園が整備されているケースは珍しいかもしれない。
 こうしてモナスからの眺望を堪能してから地下の展示物を一通り見学した後、隣接する国立博物館に足を延ばした。

中野浩志税理士事務所

今何時?(インドネシア旅行10)

 昨晩は相当疲れていたこともあり、ホテルに戻ってすぐ就寝。日常生活では到底考えられないくらいぐっすり眠ることができた。よほど疲れていたのであろう。
 翌朝ふと目が覚めて腕時計を見ると既に7時過ぎ。「しまった。寝過ごした・・・」と深く後悔した。実はこの日は、前日夜景を楽しんだモナスタワーに登る予定であり、混雑を避ける観点から入場開始時刻である8時前には到着したいと考えていたのであった。
 朝食を済ませた後では到底8時には間に合わず、長蛇の列に巻き込まれてしまう。朝食をスキップしてすぐにホテルを出た。サリナデパート前のバス停からトランスジャカルタに乗車すれば何とか間に合うと考えて早足でバス停に向かったのだが、その途中で驚きの表示を目にする。何とサリナデパートの電光時計盤が6時15分を指していたのである。
 そこで初めて冷静になって考えた。そして、私の腕時計が1時間誤っていたという結論に至った。ジャカルタ空港到着前に時差2時間を調整したのは記憶にあるが、その後何かの拍子でそのスイッチを再度押してしまったのであろう。仮に携帯電話で時間を確認できれば問題なかったのだろうが、あいにく電池節約のために昨晩まで電源を切っていたため、朝の時点ではジャカルタ時間が表示されていなかったのである。
 いずれにしても、トランスジャカルタに乗車する前に気付いたので、そのままホテルに戻って無事朝食を取ることはできたのだが、この手のミスはこれまでの旅行で初めてである。時間管理は行程の要であり、十分気を付ける必要がある。

中野浩志税理士事務所

皆勤賞のマッサージ通い(インドネシア旅行9)

 今回旅行中において、1日も欠かさず通ったスポットはマッサージ(含足裏マッサージ)である。相場が日本の約10~15%であることから、東南アジア旅行時のマッサージ通いは私にとっては定番になっている。
 ジャカルタ初日は、前項の食堂から徒歩5分ほどのチェーンマッサージ店(1時間で13万ルピア=約1,170円)に行き、翌日はグランド・インドネシア・モール内で偶然見つけた店舗に入ってみた。平均的な施術能力は無論施術者によって異なるので一概には言えないが、十分満足とは言えないレベルではあるもののボーダーライン以上ではあると思う。最大の難点は、施術者に対して英語が通じない(通じても片言である)ため、施術中における強弱のアピールが困難なことである。基本的にストロングorノットストロングだけで乗り切る必要があり、今回は強過ぎるケースが圧倒的に多かったのでそれなりの我慢を強いられた。
 そして、マッサージ終了後は必ずチップを与えることも必須である。私は、昨年以来この点は十分意識の上でフォローしているが、今回通った5回のうち3回は施術者からチップを催促された。こちらは当初から与えるつもりであるにもかかわらず、催促されると妙に白ける。おそらく、他の来店客がスルーするケースが多いので、この日本人(私)にもしっかり言っておかないと何もせずに去っていくと思われているのだろう。彼らの気持ちを考えればわからなくもない。
 ちなみに、私のイメージするチップ相場は最低でも施術料の1割であり、よほどサービスが悪くなければその相場で運用している。無論これで少ないと言われたことやその後の対応が悪くなったことはないので、若干多い位の順当な相場ではなかろうか。

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割高な食費(インドネシア旅行8)

 前述の通り、このホテルは非常に独特なデザインを有するアーティスティックなホテルであり、ホテルルームやレストランの壁面にはオリジナリティ溢れるアートデザインが随所に施されている。人によって好みは別れるであろうが、私個人はこの異質な空間を楽しむことができた。
 ホテルにチェックインして休む間もなく、遅い夕食を取るために外出した。まずは両替ということで、サリナデパート向かいにあるSC内のレートを確認したところ、1円=約110ルピア、1ウオン=10ルピアであった。やはり空港と比べると相当な高レートであるが、それでもウオンは約1割抜かれる。ここでは5千円両替した。
 その後、ガイドブックにも載っているサリナデパートに隣接する食堂に向かった。オーダーした料理は、白飯+ソトアヤム(チキンだしの具沢山スープ)+サテーアヤムセット(小串の焼鳥10本程度)+コーラであり、特に初めて食するソトアヤムはかなりの美味であった。しかし、会計伝票を見ると5万3千ルピア(約480円)と予想に倍する高額。
 これまでの経験から、東南アジア大都市の中心部の食堂が意外と割高である点は理解していたが、それを差引いても少し高い。内訳は、ライス・ソトアヤム2.5万ルピア+サテーセット2万+コーラ0.8万=5.3万ルピアであり、1品毎の金額についてはガイドブックに記載されている金額とほぼ一致しているので、やはり大都市ならではの適正価格なのだろうか。
 なお、この後の行程においても、自身の当初予想額を上回る食事関連支出を余儀なくされるケースが数多くあった。いずれも微妙に高いのである。その全てがぼったくり価格であるとは思わないが、微妙な高さであるが故にクレームもつけづらい。相手もそのバランスを心得て値付けしているとすれば、これは一枚上手であると言わざるをえないだろう。

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トランスジャカルタの謎(インドネシア旅行7)

 金曜日の夜ということで周辺は大勢の地元民で混雑しており、このカオスにより私の疲労度は一気に上昇した。だが、幸いにも外観が非常に目立つホテルであったので、すぐに発見することができて無事チェックイン。時間は既に8時を回っていた。
チェックインで定番のやりとりを済ませた後、気になっていたトランスジャカルタに乗車できなかった件について確認してみた。すると、やはりシングル乗車券が販売されていないという点は事実であり、現在は磁気カードによる乗車券(4万ルピア(約360円))のみが販売されているとのこと。まさに私がバス停で確認した通りであり、結局のところはガイドブックの記載内容が古かったのである。先入観に捉われ過ぎることが良くないことを示す典型例であろうか。
 しかし不思議であったのは、その後有効期間や有効回数等の詳細を尋ねたものの、明確な回答を得られなかったことである。利用可能回数は10~20回程度・・・などと要領を得ない回答であり、(たまたまこのホテルマンが知らなかっただけかもしれないが)このシステムが導入されたのはごく最近であるのかもしれない。だが、2日間で最低10回は利用できることは間違いなさそうだったので、この場では特に深く追求しなかった。しかし、今となっては具体的な内容が気になる所である。

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乗車拒否?(インドネシア旅行6)

 ようやく出口を見つけて敷地内から脱出したが、信号のない大通りの夜道を徒歩(ホテルまでは約1キロ)で移動することは危険と考え、トランスジャカルタという専用レーンを走る市内バスを利用することにした。この時点においてこの判断は至って冷静であったと言える。
 出口からバス停留所までは徒歩10分程度。直線で歩道も整備されていたので非常に歩きやすかったが、ホテルとは逆方向であったので、やはりホテルまで歩いて向かうべきであったと若干後悔した。だが、降車予定のバス停からホテルまでは至近距離であったので、その利便性を考えれば、やはりバス利用に分があっただろう。
 こうしてようやくバス停まで辿り着き、窓口でチケット購入しようとしたところ、何とバラ売りはできないとのこと。ガイドブックには間違いなく片道3,500ルピア(約32円)と書かれている。若干の値上げがあったとしても5千ルピアあれば十分なはず。「売れない」とは?。先方の言い分としては、現在は複数回乗車可能な磁気カードのみの販売であり、これは1枚4万ルピア(約360円)とのこと。
 しかし、無論このような話に納得できるはずもなく、そそくさとバス停を後にした。もう自分の足を頼るしかない。先ほどのモナス出口前まで戻り、ここからさらに約10分間歩き続け、サリナデパートという大型SCを見つけた。簡単にさらっと書いているが、荷物を持ちながらの夜道の道路横断には相当気を配っている。今考えても大変厳しい時間帯であった。

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モナス地獄(インドネシア旅行5)

 こうしてチケットの心配がなくなり、晴れてホテルを目指すことにした。まず、モナス敷地内に入って現在のロケーションを冷静に確認したかったのだが、空は完全に暗かったのでどこから敷地内に入れるのかがわからない。加えて、駅周辺は予想以上に明かりが少なく、周囲には怪しげなタクシーやバジャイ(オート三輪車)の運転手がしきりに声を掛けてきた。自分の立ち位置が特定できない状況ほど危険なことはない。とりあえず、何とかモナス周辺を歩き回って入口を探し当てた。
 こうして敷地内に入ることで冷静さを取り戻し、東西南北を把握して正しい方向を確認することはできた。夜で明かりが少ないにもかかわらず、敷地内は多数の地元民で賑わっており、治安面の心配もなさそうである。しかし、この敷地内は予想以上に広く、荷物を持っての移動は相当きつかった。しかも、今度はホテルに向かうために近道となる出口を探そうと思ったものの、その出口を見つけることができずに20分程度うろうろする羽目に・・・。この時は、言葉での表現を遥かに上回る肉体的・精神的疲労に襲われた。  
 唯一の救いは、ライトアップされたモナスが異様に美しかったことである。夜でなければ見ることのできないこの姿を十分目に焼き付けたことにより、この疲労に見合う価値を手に入れたと自身に言い聞かせながら歩みを続けた。

中野浩志税理士事務所

便利なシステム(インドネシア旅行4)

 ホテル探しに先立って、まず翌々日の鉄道チケットの引き換えを行うべくガンビル駅構内に入った。実は、ジャカルタ→ジョグジャカルタ間については、確実にチケットを確保したかったため、あらかじめインドネシア国鉄のホームページからインターネット予約を行っていたのである。そして、このガンビル駅でその控をチケットに換える必要があったのだ。ちなみに、このチケットの料金(1等車両に約7時間乗車)は33.5万ルピア(約3千円)と同国としてはなかなかの金額である。
 駅構内に入ると、インターネット予約者用のチケット出力マシーン(仮称)が数台並んでおり、そこでは駅係員が利用客の機械操作をサポートしていた。私もその係員に控を見せたところ、その場ですぐ対応してもらうことができ、無事チケットを入手することができた。ちなみに、私の姿を見て片言の日本語で話しかけてきたことから、日本人利用者も結構多いのだろう。
 平成26年10月時点において、タイ国鉄ではインターネットによる予約ができないことを考えると、インドネシアの同システムは相対的に優れていると考えて良いだろう。少なくとも、短期旅行者のニーズは十分満たしていると言える。

中野浩志税理士事務所

空港バス乗車までのカオス(インドネシア旅行3)

 空港バス(ダムリ)乗り場までは、空港到着口を出てひたすら左に歩き続ける。しばらく歩くと噴水が見え、その裏手に大きな待合室があった。窓口でジャカルタ中心部の主要駅であるガンビル駅までの料金を確認したところ、3万5千ルピア(約320円)とのこと。ガイドブックに記載されていた金額(3万ルピア)から値上がりしているが、それでもタクシー利用に比べれば格安であるので利用価値は高いだろう。
 しかし、チケットを購入したものの、どのバスがガンビル駅行きかわからない。バス誘導員に確認しても「ネクスト」と言うのみで確実な手掛かりは得られず、どこのポジションで待てばよいのかも今一つ不明確であった。しかも、夕方にもかかわらず暑さは和らぐことなく、かつ、待合所は現地人で大変な混雑ぶりというまさにカオス状態。典型的なまずいパターンである。
 待つこと約30分して大きなバスがやってくると、多くの人が大挙して移動し始めた。私も一緒に付いて行って係員に確認したところビンゴであった。どうやら金曜日の夕方は渋滞が特に酷いらしく、バス到着が大幅に遅れたらしい。そして、バス出発と同時にその渋滞に巻き込まれた。10分程度全く動かない状態となり、外は完全に暗くなってしまった。できれば日のある内に中心部に入りたかったが・・・
 ようやく渋滞を脱してガンビル駅に到着したのは19時過ぎ。ガンビル駅は予想に反して小さな駅であり、ここからホテルまでは近くに聳える独立記念塔(モナス)の位置を頼りに手さぐりで行こうと考えていたが、現実はそう甘くはなかった。

足立区の中野浩志税理士事務所

イミグレ手続き(インドネシア旅行2)

 機内を出て道なりに進むと、アライバルビザのカウンターがある。ここで35ドル支払ってビザを購入し、そのまま入国審査となる。ビザカウンターの前には日本語を話す案内員も居たため、この手続き自体は何ら問題ない。唯一の留意すべき点は出国カードを絶対に無くさないことである。
 その後の税関ではノーチェック。そして最後に荷物検査があったが、これも別段難しい話ではない。若干気になったのは、このエリア内に多数の荷物運搬員が待機していて、我々に声を掛けてきたことである。無論無視すれば何ら問題ないのだが、下手に関わるとそれなりの対価を要求されることになると思われる。
 そして、荷物を持って外に出ると両替所が4軒あり、私の姿を見ると皆一応に声を掛けてきた。中にはレート掲示板に表示されている日の丸を指さして叩く輩もいた。冷静に各店のレートを確認したところ、4軒ともに1円=100ルピア、1ウオン=9ルピアであった。ここで敢えてウオンのレートを紹介した理由は、今回旅行では過去の韓国旅行で余っていたウオンを使い切りたいと考え、ウオン札を持参していたためである。
 この時点における適正相場は、1円=110ルピア、1ウオン=11ルピアであり、対円で約10%、対ウオンでは約20%のコミッションという相当の劣悪レートである。もともと空港内で3万ウオン両替する予定であったのでその通りにしたが、この後の対円・対ウオンレートがほぼ適正相場通りであったことを考えると、この場ではコミッション割合が低い日本円両替(3千円)が正解であっただろう。

※今後、1円=110ルピア、1ウオン=11ルピアで換算。

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空き空きの機内(インドネシア旅行1)

 朝7時半頃に自宅出発という至って順当なスケジュールで移動開始。朝方で肌寒いとは言え、10月半ばであるため長袖1枚着れば十分である。オンラインチェックインであったにもかかわらず、出発2時間前には成田空港に到着した。
 10月3連休の前日ではあるものの、お盆休みや年末年始といった大型連休ではないので空港内は閑散としていた。出発40分前になっても搭乗口前に集まる乗客はまばらであり、そのうち大挙して来るだろうと考えていた団体客は一向に来る気配がない。また、乗客の中に観光客らしき人は少なく、代わりにスーツ姿のサラリーマンを数多く目にした。
 やがて搭乗手続きが開始され、定刻通りに出発。私の座席は前列シートであったので、周辺の搭乗率は半分程度であったが、後列を見ると目を疑うような空き空き状態。全体の搭乗率はおそらく2~3割ではないだろうか。航空券予約時点の座席指定で空席が多いことはわかっていたが、ここまでとは思わなかった。だが、そのおかげで約7時間半のフライトは大変快適であった。人生初の赤道越えを果たし、定刻の16時半頃にジャカルタ空港に到着。機内を出た時の第一声は「暑い」の一言に尽きる。

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総括(ルーマニア・ハンガリー旅行83)

 今回旅行においても、綿密なスケジュール管理が功を奏してトラブルに見舞われたことが皆無であったことは何よりであった。
 まず、ルーマニアのブカレストについて、多くの旅行者は再度行きたいとは思わないかもしれないが、私は旧東欧らしさを最も感じられる都市として再訪は吝かではない。今でも更に1日滞在して街なかを散策したかったと強く感じている。また、ブカレスト以外の地方都市の印象については、再三述べているとおりである。当初不安視していたルーマニアであったが、やはり耳で聞く情報と実際に目にする事実とでは大きな乖離があり得ることを実感した。
 一方、ブダペストは世界一美しい首都と言われるだけの魅力が十分にあったと思うが、プラハに比べると少し都会的で現代チックな部分が若干あったようにも思える。だが、これは先にルーマニアの地方都市を訪問したから感じたことであって、先にブダペストを訪問していれば印象は変わったのかもしれない。また、ドナウベンドも期待通りの素晴らしさであり、途中下車したジュールには典型的な東欧の地方都市の姿を見た気がした。さらに、初めて経験する徒歩による国境越えは非常に感激した。
 秋から冬にかけては全く雰囲気の異なる東南アジア地域を旅することになるが、今回旅行と同様にその国・地域独自の魅力を十分堪能し、充実した旅にしていきたい。

(完)

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おもてなしの精神(ルーマニア・ハンガリー旅行82)

 フライトは順調であり定刻前に成田到着。到着出口からイミグレに至るまでの通路を歩いていると、「ようこそ日本へ!」と記載された大きなボードや日本の名所や名物を紹介する広告を数多く目にした。訪日外国人旅行者が1千万人を超え、観光立国として更なる外国人誘致に向けた取り組みを積極的に推進する日本政府の姿勢が強く伝わってくる。そう言えば、一昔前までは成田発着便の乗客の大部分は日本人であったが、今回は往復ともに外国人が2~3割は搭乗していた。外国人旅行者の増加が改めて実感できる。
 もう一つ気づいた点は、空港職員による「お帰りなさい」「ようこそ」という声を頻繁に耳にしたことである。2020年の東京オリンピックを控え、我が国が「おもてなし」を前面にアピールしていることの表れであろう。各地を旅していると、これこそが日本の最大の武器であることは十分納得できる。ちなみに、入国・出国時においても審査官が「行ってらっしゃい」「お帰りなさい」と何か一言声を掛けてくる。以前はここまで統一的に行われていたという記憶はない。いずれにしても素晴らしいことである。

中野浩志税理士事務所

イスタンブール空港の不思議(ルーマニア・ハンガリー旅行81)

 ブダペストからイスタンブールまでは約2時間半のフライト。出発が約30分遅れであったので、イスタンブール空港到着は23時40分。同空港の乗継ぎはそれほど難解ではないので別段不安はなかったが、1時間20分という短時間なのでスピーディーに行動すべきことは強く意識していた。
 機内からタラップ&空港バスのパターンでターミナルに到着。ここから簡単なパスポート&航空券チェックと荷物検査があるのかと考えていたのだが、到着してすぐの場所にある簡易窓口で簡単な航空券チェック(ブダペスト空港で発券済)があり、そのまま通過するとそこは成田帰国便の搭乗口であった。
 荷物検査はどうしたのか? 一瞬ここからどこかに移動すべきなのかと考えたが、どう見てもここが成田便の搭乗口であるためその必要はなさそうだ。周囲にはトルコ旅行を終えて帰国する日本人で溢れていた。やがて、帰国便の搭乗アナウンスと同時に機内に乗り込み、定刻少し早目に出発。どうやらトルコ航空の定刻前出発は頻繁に行われるらしい。  
 それにしても、乗継ぎで荷物検査が行われなかったことは今までないし、実際に往路乗継ぎは行われていたにもかかわらず何故だったのだろうか。

中野浩志税理士事務所

バス&タラップの不便さ(ルーマニア・ハンガリー旅行80)

 搭乗口から実際の搭乗までの経路としては、①ボーディングブリッジにより直通で搭乗、②バスで搭乗機手前まで向かってタラップで搭乗、の大きく2パターンがある。最近私が成田空港から搭乗した際には全て①であり、訪問国の空港利用時にはアジアは概ね①であり、欧州は①と②が半々程度であったと記憶している。ところが、今回旅行においてイスタンブール及びブダペストから搭乗した際は全て②であった。
 当然、①の方が楽なので乗客としては大変有り難い。特に②のバスは満員にならないと出発しないことに加えて移動中は結構揺れる。そのうえ座席数が足りないため座れないケースが多く、雨天時には搭乗時に濡れるリスクもあるなど小さな難点が幾つもあり、おそらくほぼ全員が①の方が良いと感じているであろう。
 ちなみに、ブダペストから搭乗した際には、満員のバスが途中で10分近く停車したため相当疲労した。②でも構わないのだが、乗客の負担は最小限にすべく様々な工夫を講じてほしいところである。

中野浩志税理士事務所

現地通貨の再両替(ルーマニア・ハンガリー旅行79)

 現地通貨への両替は計画的に行い、できる限り再両替のリスク軽減を図るべきことは強く念頭にあったのだが、今回は空港到着時点において現地通貨が約13,000フォリント(約6千円)余っていた。直近2~3年の旅行では日本円換算で千円以下であったことから考えると大きな誤差である。
 まずは免税店で消化しようと各店舗を物色してみたが、どうもピンと来ない。やはり再両替を検討する必要があった。空港内の両替所で円への再両替について確認したところ、手持ちの円通貨がないので不可とのこと。これは想定通りである。次に、一般的にはドル・ユーロ両替が順当であろうと考えてレート表を確認したが、これまた厳しい数値が並んでいる。少し考えた結果、このまま再両替せずに持ち帰ることにした。
 この理由は、まず2~3年内のハンガリー再訪の可能性を期待したためである。今回旅行において観光した場所はメジャースポットのごく一部であり、それ以外のスポットや郊外地域など手つかずスポットは数多くある。私のブダペストに対する評価を考えた場合、再訪の可能性は高い。その間にフォリントの価値が半減する可能性は低かろう。さらに、来年はハンガリーの近隣国を訪問予定であることから、そこで当該国通貨に両替可能と考えたこともある。前者よりもこちらの方がむしろ現実的と言える。
 両替には失敗したが、これを再訪の理由の一つとして捉えれば強ち失敗ではないという勝手な理屈を持って本件を結びたい。

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遅い手続き(ルーマニア・ハンガリー旅行78)

 こうして18時過ぎに空港に到着してすぐにチェックインを行いたかったが、チェックイン開始時刻は出発2時間前(18時20分)からとのこと。ブダペスト空港は他の主要都市の空港に比べれば小規模であり、カウンターも航空会社間でシェアして使用するスタイルであるため、これは無理からぬことであろう。ちなみに、搭乗便の乗客はトルコ人が7~8割であり、ファミリーが圧倒的に多かった。
 しかし、定刻を過ぎても一向に開始される気配はなく、それからさらに20分ほどして係員がのんびり準備を始めた。しかも、私の前に並んでいたトルコ人家族数名の手続きにやたら時間がかかったため、結局私がチェックインと出国審査を終えたのは出発1時間前であった。
 この日もいろいろあったことで疲労していることに加え、チェックインや出国審査という事務作業を手早く済ませて精神的にも早く楽になりたかったというのがこの時の正直な心境であり、間違いなく本旅行中もっとも苛ついた時間帯であった。

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