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足立区出身税理士の海外旅行記

地元の東京都足立区で事務所を開業している税理士の海外旅行記です。

小さな喜び(マレーシア・シンガポール旅行3)

 香港空港には定刻通り到着。約2.5時間の乗継ぎ待ちを経て、クアラルンプール(以下「KL」と呼ぶ)行きの便に搭乗することとなっていた。2.5時間をドリンクなしで過ごすのは厳しいので、ドリンクを購入するための現地通貨を入手する必要がある。無論店によってはドル・円払いOKであるが、約15年ぶりに来た香港の通貨に興味があったので、当初からここで30米ドル分両替する予定であった。
 レートはどの両替所も同じであり、1米ドル=7.1香港ドル。この時点における適正レートが7.5香港ドルであったことを考えると、空港特有のハイコミッションレートと言えよう。だが、選択の余地はないので30米ドル=213香港ドル(以下「ドル」と呼ぶ)を入手した。 
 空港内の水(500mlペットボトル)の価格は店によって異なるが、私が確認した限りでは最も安い所で12.5ドル(約200円)。日本の物価は高いと言われるが、少なくとも空港内の相場に関しては決してそうではない。この水とチョコレート菓子の合計30ドルに対して先ほど入手した100ドル札を支払い、お釣りの70香港ドルを貰った際に少し驚いた。というのも、70ドル=50ドル札+20ドル札で来るかと思いきや、20ドル札×3枚+10ドル札で来たからである。だが、これはタイ旅行時においても起こった事象であり、東南アジアでは「50」よりも「20」の流通が発達しているようである。
 そして、この時に受け取った20ドル札は全てデザインが異なる紙幣であり、併せて最近発行された10ドル札もゲットできたことは大変嬉しかった。前者の意味は、香港では3つの銀行がそれぞれ独自デザインの紙幣を発行しており、その3銀行の20ドル紙幣を偶然1枚ずつ入手できたということである。
 こうして両替相場は不満であったものの、様々な種類の紙幣をゲットできたことには満足して乗継便に搭乗した。

中野浩志税理士事務所
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キャセイパシフィック航空(マレーシア・シンガポール旅行2)

 今回利用した航空会社はキャセイパシフィック航空(以下「キャセイ」と呼ぶ)。香港を起点とするアジアを代表する航空会社の一つである。
 キャセイについては一つ大きな思い出がある。それは、今から約20年前に香港経由でロンドンに向かう際に利用したのだが、オーバーブッキングで予定便に搭乗できなかった。その結果、その後のフランクフルト便(フランクフルトで再度ロンドン便に乗継)の搭乗に際しては、キャセイ側の配慮によりビジネスクラス席を用意してくれたのである。これが現時点における唯一のビジネスクラス利用であり、今でも強く印象に残っている。
 無論今回はエコノミークラス利用であり、まずは経由地の香港まで約5時間。最近常に感じていることだが、近年利用する成田発着便の半数近くは外国人旅行者である。私の学生時代には少なくとも9割以上が日本人旅行者であったことを思うと、何回この状況を経験しても違和感が抜けない。
 機内は快適ではあったが、機内サービスの映画に夢中になり過ぎ、機内食でサーブされたケチャップソース付きチキンを膝の上に落とし、ズボンを派手に汚すというミスを犯した。この手のミスは、少なくとも機内では初めてではないだろうか。何度も水洗いしたことにより汚れはだいぶ落ちたが、何か良くないことの予兆ではないかと若干不安に駆られた。

中野浩志税理士事務所

GW初旅行(マレーシア・シンガポール旅行1)

 これまでGW期間中に海外に出掛けたことはなかった。無論、その理由は旅先での混雑や航空券代をはじめとする諸々の経済的負担を慮ってのことである。特に今回は5連休というベストな曜日配列であり、例年以上の負担を余儀なくされることは十分想定された。
 だが、年末から夏季旅行までの7か月間は長過ぎると感じ、仕事は繁忙期であったにもかかわらず強行した。とりあえず、出発・帰国ともに各1日ずらした行程としたことにより、料金的にはかなり安く抑えられた。一方、混雑面についても5月1日(金)朝の成田空港は思ったほどではなく、イミグレも数分で通過できたことは幸いであった。
 しかし、成田空港まで乗車したアクセス特急の車両内は、帰国する隣国の旅行者達が大きなバックを多数抱えて乗り込んでおり、その混雑ぶりは通路移動が不可能なほどであった。少なくとも一般乗客にとってはこの上ない迷惑であり、この点は鉄道会社側が何らかの改善策を講ずる必要があろう。

中野浩志税理士事務所

ドブロ ユートロ

 去る7月17日(金)~27日(月)、観光でクロアチア・ボスニアヘルチェゴビナを訪問した(旅程は以下参照)。
 旅程を組む段階においてはスムーズかつ余裕を持った行程にしたつもりであったが、実際にはほぼ毎日予期せぬアクシデント等に見舞われたことにより、様々な場面において予想を上回る難儀を強いられることとなった。自身の慢心による混乱やトラブルの類はこれまでも散々経験済であり今回も例外ではないが、今回に限って言えばアンラッキーがかなり重なったことも影響している。
 さて肝心の内容であるが、クロアチアは「ドブロブニク」が前評判通りの魅力的な観光遺産であることを強調したい。世界遺産ランキングのトップ10に入っても決して不思議ではない素晴らしいスポットである。
 一方、ボスニアヘルチェゴビナは「モスタル」が当初の期待を遥かに上回った。クロアチアの喧騒とのギャップもあったのだろうが、この旅行中落ち着いて過ごせた唯一の街であり、個人的には極めて高評価である。そして、同国について我々がイメージするような危険・不安といった要素がほぼ皆無であったことも改めて明確にしておきたい。まさに「百聞は一見にしかず」である。
 なお、詳しい旅行体験記については後日紹介したい。

(旅程)
7/17   成田発イスタンブール経由でザグレブ着  【ザグレブ泊】
7/18  終日ザグレブ観光  【ザグレブ泊】
7/19   ザグレブからスプリットに移動、スプリット観光  【スプリット泊】
7/20   終日トロギール・シベニク観光  【スプリット泊】
7/21   スプリット観光、スプリットからドブノブニクに移動  【ドブロブニク泊】
7/22~23  終日ドブロブニク観光  【ドブロブニク泊】
7/24   ドブロブニクからモスタルに移動、モスタル観光  【モスタル泊】
7/25   モスタルからサラエボに移動、サラエボ観光  【サラエボ泊】
7/26~27  サラエボ観光、サラエボ発イスタンブール経由で成田着  【機中泊】

中野浩志税理士事務所

総括(ミャンマー旅行73)

 フライトは定刻通りヤンゴン空港を出発し、成田到着は定刻よりも30分近く早かった。気流の影響とは言え、復路便の早さには驚かされる。無論早いことは大変結構なのだが、東南アジアの復路便の多くは夜行なので、機内食や離発着の時間を考えると睡眠時間はせいぜい2~3時間。この時も例外ではなく、成田から自宅までの帰路は何度も強い睡魔に襲われた。
 しかし、その睡魔を通勤ラッシュが妨げた。アクセス特急は鎌ヶ谷駅付近から混雑し始め、高砂駅到着時には完全なラッシュ状態で下車するにも難儀した。しかも、8時過ぎの同駅ホームは人で溢れ返っており、向かい側の普通電車を待っている間も結構面倒であった。この日は、一般的な会社の仕事始めであり、皆それぞれに大型連休を満喫したことだろう。そして、私の連休もこれをもって終了である。
 今回の旅行は、再三述べている最終日の一件を除けば間違いなく断トツのベストトリップであった。やはり幾度となくミャンマー人の優しさに触れたという点が大きく、バガン遺跡の素晴らしさがこれに続くだろう。無論、マンダレーの落ち着いた雰囲気やヤンゴンの溢れんばかりのパワーも印象深かったし、ミャンマーの乗り物はそれぞれ独特の風情があった。
 今後の旅程は未定であるが、やはり秋から冬は東南アジアに限る。このミャンマー旅行を超え、バガン遺跡を上回る観光資源を見るべく、これからも世界各地を旅したい。

(完)

中野浩志税理士事務所

紙幣の持ち出し(ミャンマー旅行72)

 ミャンマーでは、チャット紙幣を国外に持ち出すことは禁止されている。紙幣コレクターの私にとっては一大事であるが、紙幣が荷物検査に引っ掛かるわけではないので、荷物の中にしっかり隠せるかどうかが重要であった(私は必ず全ての荷物を機内に持ち込むので、ここでは「預ける」という方法は除く)。
 念のため、ズボンの内外ポケットや電気カミソリ入れの中、鞄の目立たない場所などに各紙幣を分散していたのだが、幸いにも荷物の中身を調べられることはなかったので、ここまで用意周到に隠す必要はなかった。しかし財布の中だけは調べられた。理由は、セキュリティゲートのブザーが鳴って保安係員が私のボディチェックを行った際、ブザーが左ポケットに反応したので見せろと訴えてきたからである。
 その時、財布にはドル紙幣しか入っていなかったので全く問題なかったのだが、ここでチャット紙幣が見つかれば間違いなく没収されていただろう。或いは、このパターンでチャット紙幣を見つけるケースが多いので、ブザーが鳴ったら財布を提示させるよう一律に求めているのかもしれない。持ち帰っても何の価値もない紙幣ではあるが、コレクション用にと考えている場合には、若干の注意が必要である。

中野浩志税理士事務所

5時間の過ごし方(ミャンマー旅行71)

 空港ゲートに入ってチェックインできるのは2時間前からなので、約3時間はスマホに保存している画像の整理や日記を書くなどして時間を潰した。そして、ようやくチェックインからセキュリティチェックと進み、免税店エリアに足を運んだ。他の国際空港と比べてシャビーな感は否めないが、それでも小さなお店が数軒営業していた。先のとおりゴールデンロックで土産品を買うことができなかったので、ここではまずゴールデンロックの置物(1万チャット=約1,200円)を買った。ゴールデンロックの麓に立ち並ぶ土産物店で買えば、おそらく半額位であったことだろう。
 次に、チャット紙幣が3千円相当分余っていたので、Tシャツを2軒の店で各1枚ずつ買った。価格は7千チャット(約840円)と1万チャット(約1,200円)と先進国相場であったが、チャット札を残しても意味がないので、記念として持ち帰る分を除いて使い切ることにした。ちなみに、ここで買ったTシャツは、バガンで買った2,500チャットのTシャツとは異なり縫製がしっかりしていたが、価格を考えれば当然のことだろう。
 その後もしばらくは土産物店を冷やかしていた。どの店にも主にヒスイや漆製品、木製や金ピカの仏像などが置かれており、私と同じ便に搭乗する日本人が余ったチャット紙幣で買っている光景を数多く目にした。と同時に、旅もようやく終わりであることを感じた。

中野浩志税理士事務所

僅かな反撃(ミャンマー旅行70)

 不満足な食事を済ませて一路ヤンゴンへ向けて出発。私は終始目をつぶるなどして無言であったので車内の雰囲気は最悪であったが、後部座席の旅行者とは若干話をした。聞けば、ベルギー人である彼らはヒッチハイク?でゴールデンロックに来たのだが、復路の交通手段が確保できずに2~3時間麓でうろうろしていたとのこと。丁度そこにこのドライバーが現れてピックアップしてもらったとのことであった。仮に、ドライバーがこうした事情を丁寧に話した上で私の了解を求めていれば、間違いなく同乗を許可しただろう。だが、今となっては後の祭りである。
 ドライバーが復路の休憩について尋ねてきたが、私は「このまま進め」と一言だけ告げた。理由は、とりあえず一秒でも早くこの車から脱出したかったからである。ドライバーは少し驚いた顔をしていたが、幸いにも2人の同乗者も同意見であったので、このまま走り続けた。往路の彼の言葉を借りるならば、気を利かせてドライバーにお茶の一杯でも奢れとのことだろうが、今となってはそのような義理はない。彼の驚いた表情が小気味良かった。
 こうしてヤンゴン空港には17時過ぎに到着。フライトは22時過ぎであるから5時間以上前に到着したことになる。夜道を走るのは不安であったとしても18時着で十分であり、結果的にはゴールデンロックに後1時間は滞在できたことになる。再び怒りが込み上げてきたので、ドライバーの「テイクケア」という2度の言葉を無視し、当然のことながらチップも渡さず空港ビルに入った。いずれにしても、何とも後味の悪い結末であった。

中野浩志税理士事務所

情けない対応(ミャンマー旅行69)

 この時の出来事を忌まわしいと思う理由は2つある。一つはドライバーに対する怒りと、もう一つはここで何もできなかった自分自身の不甲斐なさである。結論として、私はこの時これ以上のことを何もしなかった。
 その理由としては、(頭を過った順番に)①英語で抗議しても負けることに加え、凶暴なこのドライバーに噛みつくことが怖い、②このドライバーが逆キレし、私を置いて行ってしまう可能性がある、③既に金を全額支払っているので、戻ってくる可能性がゼロである、であった。
 特に②をされると、この日が帰国日であることから飛行機に乗り遅れる恐れもあり、これは絶対に避けたかった。私が知る限りにおいて、このドライバーは大変聡明な人物であると思われたので、この点も十分考慮した上で客を取った可能性は十分ある。仮にこの日に私がヤンゴン宿泊であれば、(ホテルに告げ口されることを恐れて)ここまで露骨なことをしなかったかもしれない。
 そして、この事態に大いなる不満を持ちながらも実質的に容認した後の対応も最悪であった。昼食はローカル食堂に連れて行かれ、食っている途中にもかかわらず「もう行こう」と強制終了(他の3名は皆昼食を済ませていた)。しかも、この時にオーダーした普通のカレーセットは3千チャット(約360円)と明らかに割高であった。おそらく私がトイレに行っている間に全員分の水代(私が食べている間に他の3人は水を注文した)を私に請求するよう、ドライバーが店側に告げたのであろう。会計直前にトイレに立ってしまった私も迂闊であった。いずれにしても、この時の私の心は完全に折れていた。

中野浩志税理士事務所

衝撃の展開(ミャンマー旅行68)

 復路は無事ピックアップの座席を確保し、往路と同様に2,500チャット(約300円)を支払って麓に戻った。往復で5千チャット(600円)は結構な散財である。
 麓にはドライバーが待っていた。そして、私の姿を見るや否や大声で叫び始めた。おそらく、「何でこんな時間がかかったんだ。心配したんだぞ」という趣旨だったのだろう。確かに少し遅れたのだが、これはピックアップが混雑していたためであり、こちらの責任ではない。だが、心配かけたことに対しては一応謝っておいた。続けて、「友達が何とか・・・」と早口で言いながら足早に車に戻った。
 そして、車に戻ると2人の外国人旅行者が自分たちの荷物を積み込んでいた。ここに至って全ての事態を理解した。要は、私の不在中に別の客を乗せるべく営業していたのだ。そして、先の早口の英語で友達(実際には営業で獲得した外国人旅行者)を乗せるからよろしくと早口で言いくるめて来たということだ。
 いずれにしても、チャーターした車に他の客を乗せることは決して容認できない。すかさず「待て」と言ったが、彼はその2人組と話し続けて全く取り合わない。ここは強気に自らの主張を展開する場面であったが・・・

中野浩志税理士事務所

ミャンマーのシンボル(ミャンマー旅行67)

 ピックアップの終点から道なりに歩くと、例の異様な形をした物体がその姿を現した。入口でさらに入場料6千チャット(約720円、これは外国人のみ)を支払って、さらに近づいた。バガン遺跡を見た時とは明らかに異なる、あの有名なロックをこの目で実際に見ているという特異な感動を覚えた。それにしても、よく落ちないで持ちこたえているものである。
 さらに近づいてロックを触るためにはセキュリティゲートを通らねばならず、かつ荷物は置いて行かねばならない。私は、ゲートの警備員に荷物の見張りをお願いしてロックを触りに行った。触った瞬間、手が金色でベトベトになった。無論カメラ持込みも厳禁なので、この瞬間をカメラに収めることはできなかったが、触れただけで十分である。余談であるが、ここから出る際にお礼として警備員に見えるようドネーションボックスに500チャット(約60円)を入れたら、すぐに目が合ってニコッと笑ってお礼を言ってくれたのだが、この一連のタイミングが絶妙であったことが妙に可笑しかった。
 ドライバーからは1時間位滞在したら戻って来いと言われていたので、後は周囲を足早に散策し、来た道を引き返した。ピックアップからゴールデンロックの場所までは私の足でも歩いて15分程度かかるので、人混みの中を歩くと結構疲れる。こうして歩いている間、各スぺースや沿道には日の出や夕日を見ようとテントを張って待っている人々を多数目にした。それだけミャンマー人にとっては心の拠り所となる重要な大岩なのだ。

中野浩志税理士事務所

ジェットコースター(ミャンマー旅行66)

 こうして不安な気持ちを抱えたまま3時間半ほど経過して、車はようやくゴールデンロック麓のキンプンという街に到着した。ここでドライバーとスケジュールについて綿密に打合せをし、このドライバーの案内で頂上までのピックアップ乗り場に向かった。
 ここで綿密なガイドをしてくれ、かつ私がピックアップに乗っている写真をわざわざ撮ってくれたことに若干気を許し、ドライバーのお茶代として千チャット(約120円)渡した。これも今となっては大後悔である。
 この日(1月4日)が独立記念日と呼ばれるミャンマーの祝日ということもあり、乗り場付近は大変混雑していた。私が乗るピックアップも既に満席であり、私は荷台最後尾に立乗りとなった。やがて車が出発するとその揺れの激しさにびっくりした。まさに遊園地のジェットコースターに勝るスリリングさであり、仮に私が掴まっている手すりが外れたら、間違いなく外に放り出されるであろう。最初は車から落ちないか気が気でなかったが徐々に慣れ、後半はこの経験ができて良かったと思える程の余裕があった。
 ピックアップは中腹で一度停車し、乗客はここで乗車料金2,500チャット(約300円)を支払う。ここでは全員一律に支払っており、ミャンマー人にとっては結構な負担であろう。ちなみに、この徴収システムはかなり効率が悪く、加えてここから先が1車線で下りのピックアップと譲り合いながら進んでいく方式であったことから、頂上に到着したのは出発から50分近く経ってからであった。いずれにしても、こうしたスリリングさを今後の人生で味わうことはないであろう。

中野浩志税理士事務所

高まる不安(ミャンマー旅行65)

 このドライバーを見た瞬間、私が最も苦手とするタイプの人物であることが直感できた。これは理屈ではなくフィーリングである。そして、残念ながらそのフィーリングは正しかった。
 まず、彼は最近カンパニーを立ち上げたばかりの57歳ミャンマー人。ミャンマー人には珍しく英語は完璧であり、私の語学力を遥かに上回っていた。ちなみに、移動中に彼の言葉が聞き取れずに、「もう一度言ってくれ」と促すケースが何度かあった。にもかかわらず、彼の英語のスピードが変わることはなかった。その対応は、英語ができないのに海外に来るなと言わんばかりであった。この語学レベルの差が、その後の双方の力関係を決める一因になったと考えている。
 次に、彼の他者に対する言葉使いは極めて乱暴であった。道路横断中にもクラクションを鳴らし続け、「クレージー」「スチューピッド」という英語を何度も大声で繰り返していた(ミャンマー語では数知れず)。挙句の果てに、新年に派手な祝いを催す若者はクレージー、〇〇人は大嫌いだ、などと偏見に満ちた発言も続いた。これは相当な危険人物であるかもしれないと警戒し、同時に恐怖を感じた。
 さらに、PAのトイレ休憩時(ゴールデンロックまでは片道4時間近くかかる)において、「本来であれば、お前が気を遣ってPAで休むかと俺に聞くのが普通だ」という趣旨のことを言って来た。この英語は一発で聞き取れたが、無礼な奴だと思ってわからないフリをしていた。だが、その後も「そういう気遣いがお前の人生を良くする」といった趣旨の説教を始めた。実は、この休憩時のドリンク・軽食代である千チャットは、(このドライバーの説教に影響されたのか)私が自発的に払ってしまったのだが、今ではそのことを強く後悔している。

中野浩志税理士事務所

落とし穴の予兆(ミャンマー旅行64)

 最終日に起こった内容全般は、これまでミャンマーに対して良い印象しか抱いていなかった私としては思い出したくない経験ではあるが、この旅行記では発生した出来事を正しく記すことを心掛けているので、不本意ながらここに紹介していくことにしたい。だが、この日の出来事を加味しても、私のミャンマーに対する好印象は何ら変わらないことは確かである。
 まず、最終日の行程は相当悩んだ。無難にヤンゴン中心部をのんびり観光するプランも有力ではあったが、何か物足りなさを覚えた。やはり、ここはタクシーを1日チャーターしてミャンマー屈指の巡礼地である「ゴールデンロック」に行くことを決め、前日夕刻にホテルにタクシー手配を依頼していた。チャーター料金は160ドル(約19,200円)と超割高。しかも、高額なのでデポジットが必要とのことであり、私はここで全額前払いを選択した。この時にはこの選択を後悔することになろうとは夢にも思わなかった。ちなみに、後にドライバーに確認したところ、仮に直接交渉で1日チャーターする場合には125ドル(約15,000円)が相場とのこと。これでもかなりの高額であるが、往復8時間に要するガソリン代を考えれば強ち高いとは言えないかもしれない。
 そして、この日の朝食を手早く済ませ、定刻の7時に無事チェックアウト。後はタクシー移動と観光だけなので、今回の旅行も無事終われそうだと考えていたのだが、タクシードライバーを見た瞬間、妙な胸騒ぎがした。

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初マッサージ(ミャンマー旅行63)

 市民の憩いの場であるマハバンドゥーラ公園を出た後は、近くの露店のさとうきびジュース(500チャット=約60円)で喉を潤し、ガイドブックに載っていた食堂でマトンカレーセット(2千チャット=約240円)を食べた。この食堂の中年女性も大変親切で善良な人であったのだが、ただでさえ多い食事内容に加えて、私に気を遣ってライスを大盛りサービスしてくれた。折角のご厚意に応えようとライスは頑張って平らげたが、カレーに付いていた具沢山のスープは半分以上残してしまった・・・
 十分過ぎる夕食を取ってホテルに戻った後は、ホテル内のマッサージ店で足裏マッサージを1時間受けた。何とこの旅行中最初で最後のマッサージである。料金は8千チャット(約960円、この他チップ千チャット)であり、ホテル内のマッサージサービスとしては順当な価格であろう。ちなみに、このホテルは日本人旅行者も数多く泊まっているようであり、私の他にも数名の日本人がサービスを受けていた。
 最後にこのホテル全般についてであるが、中華系ホテルということで標準的なサービスとリーズナブルな価格を売り物にした典型的な中級ホテルと言え、私の評価も全て「普通」である。無論、マンダレー・バガンで宿泊したホテルと比べれば落ちるが、私のように標準的なサービスが一通り揃っていればOKと考える旅行者にとっては、使い勝手は良いと思う。少なくともホテル自体に対して悪い印象はない。

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中心部のシンボル(ミャンマー旅行62)

 アウンサンマーケットを一通り見た後は、再度ホテルまで戻ってヤンゴン随一の目抜き通りを歩きながらスーレーパヤーに向かった。ヤンゴン中心部を紹介するシーンでは必ず映し出されるお馴染みの画であり、私もテレビでは何度か目にしていたので、実際に目にして今現在この地にいることを改めて実感した。
 入場料3千チャット(約360円)と靴預け料(ドネーションボックスに100~200チャットを自主的に入れる方式であるが、私は持合わせがなかったのでこっそり10チャット紙幣(約1円)を寄付)を支払い、中に入るといつも通りの黄金パヤーが聳えていた。日本で言えば銀座の数寄屋橋交差点に立地するイメージであり、街のシンボルとしてはうってつけである。
 続いて、隣接するマハバンドゥーラ公園を散策。公園内は夕涼みを楽しむ人々で溢れかえっており、この地が都会のオアシスとして機能していることが十分理解できた。加えて、周囲に立地する最高裁判所や市庁舎などの英国時代の建造物が、このエリアの魅力を一層引き立たせていた。
 だが、ヤンゴンのあらゆる魅力を堪能する一押しスポットと言えば、目抜き通りの途中にある歩道橋からの眺めである。ここからは、先のスーレーパヤー及び沿道や後方に聳えるビルディング群、絶え間なく行き交う車両などを一望でき、特に夜間の眺めは格別である。同時に、ヤンゴンの底知れぬポテンシャルを感じざるを得ない。

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厳しい価格交渉(ミャンマー旅行61)

 アウンサンマーケット内で販売されている商品の価格については、「決して安くない」というのが私の感想である。やはり観光客が数多く訪れるということが大きな要因と思われ、前述のとおり、バガンの工房で見つけた木彫りの仏像がバガンの倍近い値段で売られていた。しかも、他の東南アジア諸国とは異なり、想定しているほどのディスカウントは期待できない。
 例えば、先の小さな木彫りの仏像の場合、言い値18ドルに対して12ドルの提示が拒否され、15ドル未満にはならなかったので、泣く泣く15ドル(約1,800円)で購入。私の当初予想価格は5ドル程度であったので、これは完全な失敗と言えよう。しかも、12ドルを拒否されて店を去る仕草を見せても食い付いて来なかった。なぜそこまで強気なのか理解に苦しむ。ちなみに、敷地内にあった他の類似店舗でも同様であり、他の観光客のやりとりを見ていても大幅なディスカウントは期待できそうもなかった。
 こうしたケースでの価格交渉ノウハウは全く持ち合わせていない。教訓としては、「首都のマーケットは高いので、土産品は地方都市の工房やローカルショップで買うのがベスト」ということ位であろうか。

中野浩志税理士事務所

アウンサンマーケット(ミャンマー旅行60)

 ヤンゴン中央駅は、ミャンマー随一の鉄道駅ではあるが、空港同様に印象はかなり地味であり、行き交う車両数も少ない。一方、駅舎では物売りがお菓子や弁当を販売しており、この当たりが最も東南アジアらしい光景であろう。
 駅から歩いてホテルに戻って一休みした後は、ヤンゴン最大のマーケットであるアウンサンマーケットに向かうことにした。ヤンゴン中心部の大通り沿いに立地しているので人通りは多く、歩くのも一苦労。しかも、夕方前という時間帯も影響しているせいか、歩道橋から道路を見下ろすと渋滞車両が列を成していた。他のミャンマーの都市とは明らかに異なる雑踏と喧騒、そして溢れんばかりのパワーがこの都市にはあった。余談であるが、このヤンゴン有数の大通り沿いでNHK大河の「篤姫」や連ドラの「あまちゃん」の看板を目にした。ミャンマーで日本のドラマがかくも大々的に扱われ、放送されていることは大変嬉しく感じる。
 マーケット内の1階は比較的整然としていたが、私が歩いている最中に怪しげな輩から何回か日本語で声を掛けられた。ガイドブックにも書かれているタチの良くない連中であるので、ひらすら無視し続けることが最善である。当然のことながらミャンマー人も100%善人揃いというわけではない。一方、2階部分や外周はかなり雑然としており、下手に動くと迷う可能性も十分ある。迷って焦ってスられるといった悪循環に陥らないよう、十分な注意が必要であろう。

中野浩志税理士事務所

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