足立区出身税理士の海外旅行記

地元の東京都足立区で事務所を開業している税理士の海外旅行記です。

微妙な空間(クロアチア・ボスニア旅行49)

 サラエボ駅の建物自体はそれなりに綺麗で大きいものの、一国の首都の中央駅とは思えないくらい利用客は少ない。加えて、地下通路も極めて閑散としており、少なくとも夜間にこの駅の利用は絶対に避けた方が良いと思えるほどの空気感である。無論、鉄道本数自体が少ないためであろうが、利用客に比して駅構内が無駄に広かったことは強く印象に残っている。
 駅舎内を出ると大きな広場がある。これも人通りと比べれば明らかに無駄な空間であり、本来であれば駅構内はもとより、この空間内にも様々な商業施設群が立地していて当然であろう。そして、その広場を抜けたところに中心部行きのトラム乗り場があり、隣接する窓口でチケットを購入した(1.6マルカ=約100円)。ちなみに、窓口の中年女性も典型的な旧東欧的対応であり、忌憚なく言えば「感じが良くない」。無論、こうした対応には慣れているので何とも思わないが・・・
 待つこと数分でトラムが到着。しばらく乗車しているとこれまでの微妙な空間とは打って変わって他の東欧諸国と遜色ない商業施設群を目にすることができた。どうやら駅周辺の空間が特殊であったようだ。その後は中心部を流れるミリャッカ川沿いの建物群の景色を楽しみながら、10分ほどで第一次世界大戦の引き金となったラテン橋に辿り着いた。

中野浩志税理士事務所
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更なる混乱(クロアチア・ボスニア旅行48)

 BHの鉄道は、ヨーロッパの鉄道とは思えないほど老朽化している。他の東欧諸国と比べれば無論であるし、東南アジアやインドの一般的な鉄道と比べてもそれほど変わらないように思えた。或いは、同国にとって鉄道はそれほど主要な交通手段ではないのかもしれない。
 飛び乗った車内は、大勢の観光客で混雑していた。多くは個人のバックパッカーである。理由はわからないが、鉄道の方がバスより安いということが影響しているように思える。さすがに鉄道の旅を楽しみたいというマニアックな理由からではないだろう。
 乗車してまず困ったのは自分の席がわからないということ。チケットを見てもボスニア語のみで記載されているため、全く見当もつかない。だが、(あくまで私の推測であるが)おそらく私のチケットは自由席ではないかと思われる。事実、この車内には座っている人よりも立っている人の方が多かった。座席は3×2の個室コンパートメントであり、全てのコンパートメントはバックパッカーで埋め尽くされ、どの室内からも発車早々バカ騒ぎのような奇声が聞こえてきた。こうした席に大人しく座って3時間近く過ごすよりも、通路の良いスペースを確保して車窓を眺めながら過ごす方が明らかに楽に思えたので、早々にその通りに対応した。窓はお世辞にも綺麗とは言えなかったが、車窓からの眺めは意外と楽しめた。誰かが通路を通る度に荷物と自分を動かす必要がある点は億劫であったが、思った以上に疲労感を覚えなかった。
 この状態で約3時間近くを過ごし、サラエボ駅には10時過ぎに到着。定刻到着というところだけは評価できるが、今回旅行中における最初で最後の鉄道移動は散々なものであった・・・

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不安的中(クロアチア・ボスニア旅行47)

 翌日は部屋で朝食を取った後、予定通り6時半にアパートメントを出発。早足で歩いたためか駅到着は6時40分であった。ここまではほぼオーナーの言った通りであったが、その後に仰天の光景を目にする。何とチケット売り場には長い行列ができていたのである。昨日までの閑散さが嘘のように、売り場付近は多くのバックパッカーで溢れかえっていた。昨日の嫌な予感はまさに的中した。まさにこの恐れがあるので、前日中にチケットを確保しておきたかったのだ!!!
 加えて、これだけ長い行列が出来ているにもかかわらず窓口は1つ。窓口以外の場所で暇そうにしている係員を2~3人目にしたが、当然のことながら窓口を手伝う気など全くなさそうである。まさに典型的な旧東欧スタイルと言えよう。
 並んでから15分近くが経過し、ようやく次は私の番という所まで来たが、その時に時計は間もなく7時を指そうとしていた。私が乗車予定の電車は7時4分発なので、遅延がなければ残り約5分である。あと1分待っても買えなければノーチケットで飛び乗ることに決めた。後々のトラブルの可能性は頭を過ったが、改札はないので飛び乗りさえすればという状況はこれまでも何度か経験済である。
 そして、7時丁度になってようやく私の番がやってきた。「トゥー・サラエボ」と言って11マルカ(約720円)をすぐ出し、係員は予想以上に手際よくチケットを渡してくれた。そしてそれを奪うように掴み取ってホームへの階段を駈け上っていくと、まさに電車が到着しようとしていた。「間に合った」とまずは胸を撫で下ろした。こうして一件落着したかに見えたのだが・・・

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アパ カバル

 去る11月20日(金)~25日(水)、観光でマレーシア・ブルネイを訪問した(旅程は以下参照)。
 実質4日間のうち1日は終日移動というお馴染みのショートトリップではあったが、当初想定通りの旅が出来た点については満足している。特に初渡航となるブルネイでは、他の東南アジア諸国とは明らかに異なる魅力を体感することができ、オイルマネーの力を存分に見た気がした。また、当初目的の一つであるボルネオ島内の終日バス移動は、何回ものイミグレーション通過を要する点において、陸路国境超えマニアとしては非常に手応えがあった。
 一方、自分の責に帰さないスモールアクシデントが、ここ数年の間では最も多かった気がする。いずれもアクシデントも大禍には至らなかったが、一歩間違えれば危うい状況となる可能性もあった。今考えても何故ここまで重なったのかという疑問を拭えないが、この点については十分な余裕を持った行程管理と代替手段の確保を徹底するしかないだろう。
 なお、詳しい旅行体験記については後日紹介したい。

(旅程)
11/20   成田発クアラルンプール経由でコタキナバル着  【コタキナバル泊】
11/21  終日コタキナバル観光  【コタキナバル泊】
11/22   コタキナバルからバスでブルネイに移動 【バンダルスリブガワン泊】
11/23   終日バンダリスリブガワン観光  【バンダルスリブガワン泊】
11/24~25 バンダルスリブガワン観光、バンダルスリブガワン発クアラルンプール経由で成田着 【機中泊】

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大変親切だが・・・(クロアチア・ボスニア旅行46)

 今回宿泊した5つの施設のうち、このモスタルのアパートメントは断トツのベストと言って良い。
 まず、立地がスターリモストから徒歩1分という絶好のロケーションである。大通りから多少坂道を上ることになるので若干面倒ではあるが、いずれにしても近いことは間違いない。
 次に、オーナーが大変親切であり、旅行者のためにいろいろとアドバイスをくれたことである。チェックイン時に観光マップを使って丁寧に説明をしてくれ、加えて観光時の留意事項や買い物場所などについても補足してくれた。スプリットの宿泊施設のオーナーも親切であったが、その親切度合いが更に強いバージョンである。
 最後に、部屋は静かで清潔であるにもかかわらず料金は49ユーロ(約6,900円)と他の宿泊施設と比べて安値であった。BHの物価は全般的に安く、その中でも地方都市のモスタルが更に安いことは順当と言えるが、ドブロブニクとの差を考えるとこのお得感は大きなポイントである。
 なお、一点だけ不満があるとすれば翌日の駅まで移動する際のアドバイスである。彼は、「君の場合15分で到着できるから、ここを6時半に出発すれば十分だ」とのこと。私は念のため6時20分には出発したかったが、「私の経験から言って、6時半でまず大丈夫だと思うが、最終的には君が判断することだ」という心に引っ掛かる返答。彼の言葉に従って、6時半に出発したが・・・

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モスタルの夕べ(クロアチア・ボスニア旅行45)

 この日の夕食は、スターリモスト近くの川沿いのテラスで取った。ビール+ボスニア風ハンバーグでチップ込9ユーロ(約1,170円)は、これまでのことを考えれば激安と言って良い。味はごく平凡なハンバーグであり特筆すべき点はないが・・・
 川を眺めながら夕涼みの中でいただく夕食は格別であり、クロアチアと異なり喧騒とも無縁である。前述の通りモスタルはドブロブニクからの日帰りで訪れる旅行者が大半であるが、個人旅行であれば是非宿泊することを強く勧めたい。こうして食事を取っていた時、大きな水音が耳に入ってきた。ふと見ると、スターリモストから若者が川に向かって飛び込む準備をしていた。橋からの飛び込みはモスタル名物であり、毎年飛び込み大会も行われていると言う。
 帰り道は、やはり橋付近に出店しているアイスクリーム店でデザートを購入。日本のアイスクリームチェーン店のMサイズほどの大きさで0.5マルカ(約33円)は、日本はもとよりクロアチアと比べても激安である。
 こうして充実の半日観光を満喫してアパートメントに戻った。

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マルカの利用価値 (クロアチア・ボスニア旅行44)

 BHではマルカという独自通貨が流通しているが、クロアチア以上に広範にユーロが利用可能である。アパートメントのオーナーも「モスタルだけであればユーロだけで過ごせるので両替は不要」とアドバイスをくれた。実際1ユーロ=2マルカで商売しているレストランや土産品店が大部分であり、まさにオーナーの言う通りであった(コンズムでの買い物や交通機関のチケットを除く)。
 無論私の場合には、鉄道チケット購入のためにマルカが必要であったことに加え、例の通貨収集の趣味があったのでマルカ入手はスルーできない。だが、先のオーナーの言葉通りにマルカに両替する観光客が少ないからなのだろう、街中に両替所はあまりない。そして、たまたま見つけた両替所のレートもあまり良いものではなかったので、やむなく市内の銀行で両替することにした。
 銀行ではユーロ紙幣のみ両替可であり、50ユーロ=96.8マルカ。3.2マルカ(約200円)の手数料を支払って両替したことになる。しかし、一般的な旅行者であれば、明らかに無理して入手する必要のない通貨である。ちなみに、サラエボの街中には多数の両替所があり、どこでも日本円の両替が可能であった。レートは1万円=141マルカと決して良くはないが、コレクション用と思って諦めた。
 なお、BHの紙幣は、同じ券面でも2種類の紙幣が存在し、両方収集しようとすると2倍のコストを要することになる。私の場合、今回10・20.50マルカ札の3種類収集したため倍額の160マルカが必要となり、これだけでかなりの散財となった。今考えれば、50マルカ札は余計であったかもしれない・・・

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無駄足(クロアチア・ボスニア旅行43)

 駅に到着すると、チケット窓口は17時オープンと書いてあった。あと10分ほどで17時になるのでラッキーであったが、最初に窓口を訪ねた時にしっかり確認しておくべきであった。
 10分ほど駅構内をぶらつくが、本当に何もない閑散とした空間である。少なくとも夜は可能な限り近づきたくない、決して安心できない空間である。そしてこの間に2~3人の子供が私の近くにやってきて手を差し出してきた。所謂物乞いである。クロアチア国内を旅していた時には1人も見かけることはなかったが、モスタルではツーリストエリア内にも数名の物乞いがいた。この違いはまさに両国の経済水準の差を反映していると言ってよいだろう。
 そして、チケット窓口オープンと同時に翌朝7時発のサラエボ行き鉄道チケットを欲しいと伝えたところ、「明日6時半に窓口がオープンするのでその時に来い」とのつれない返事。今欲しいと繰り返したが、明日の一点張りで取り付く島がなかった。
 結局無駄足となったこの行動であるが、この時はそれ以上に何か嫌な予感がした。これは理屈ではなく、この駅の雰囲気と先ほどの係員のそっけない対応などを総合的に勘案して導き出された不安であった。そして、この不安は翌日現実のものとなる・・・

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駅までの道のり(クロアチア・ボスニア旅行42)

 一通りの観光を終え、先ほど買い損ねた鉄道チケットを購入するために再度駅に向かった。途中で例のコンズムを発見。おそらくコンズムは、クロアチアに限らず旧ユーゴ諸国の中でも随一のスーパーなのだろう。ちなみに、同じコンズムでも物価はクロアチアに比べてかなり安く、例えば1.5L水は1マルカ(約65円)であり、レモン水も1.3マルカ(約85円)であった。
 しばらく歩いていると、穴だらけのアパートや壊れかけの建造物を発見した。こうした建物群は未だに多数残されているので、別段意識しなくても必然的に目にすることになる。少なくとも百か所以上の銃弾を浴びていると思われる建物も数多くあり、当時の戦争の激しさが伝わって来る。
 さらに、モスタルでは現地住民から気軽に声を掛けられるようになった。クロアチアではほとんどなかったが、この道中でさえ少なくとも3回は声を掛けられた。確かにモスタルは東洋人の数が明らかに少ないため、物珍しさから声を掛けられても別段不思議はなく、私もその都度手を振り、或いは気軽に会話に応じていた。
 一つ不思議であったのは、皆が私の国籍について「コリア?」「チャイナ?」と尋ねてきたことである。これまでは、私の姿形を見ると大体の人が「ジャパン?」と話しかけてくることが多かったので大変意外であった(最近は「チャイナ?」が多くなってきてはいるが)。単なる偶然なのか、或いはBHでは日本人は馴染みが薄いのだろうか・・・

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異文化の結節点(クロアチア・ボスニア旅行41)

 昼食を済ませた後は、スターリモスト博物館(5マルカ=約330円)・BH博物館(5マルカ=約330円)・中心部に立地するモスクの尖塔(10マルカ=約650円)・トルコ人の家などを2時間半ほどかけて見学した。特に、モスク尖塔から眺めるスターリモストの景観は素晴らしいものであり、高額な入場料を取られるものの是非上ることをお勧めしたい。
 街を散策していると至る所でオリエンタルな雰囲気を感じることができる。点在するモスク群や土産品の定番であるトルココーヒーセットなどは、やはり数百年に亘ってこの地を支配していたオスマン帝国の影響を強く受けていると言えよう。そして、(この後訪れるサラエボほどではないが)街中に見られるヨーロッパチックな建物群は、オスマン帝国の後にこの地を支配したハプスブルグ帝国が影響している。
 歴史の渦に翻弄されてきた同地域であるが、それ故にこのような多文化が共存するオリエンタルなヨーロッパが生み出された。無論それによるマイナス面もあるだろうが、一人のツーリストとしてこのヨーロッパらしくないヨーロッパの雰囲気を感じとることができただけでも、同地を訪れる価値はあると考えている。

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旅人同士の会食(クロアチア・ボスニア旅行40)

 アパートメントにチェックインした後、まずはモスタル随一の観光地である「スターリモスト」に向かった。これを見ずにモスタルは語れないほどの著名な観光スポットであり、世界遺産にも登録済である。
 様々な角度から橋を一通り見学した後、付近のレストランでオーダー(ビール+ボスニア風シチュー=チップ込で10ユーロ=約1,300円)を済ませて待っていると、一人の初老男性が声を掛けてきた。彼は最近までオーストラリアで学校の先生をしていたインド人であり、夫婦二人で旅をしていたが旅の途中で奥さんと別れ、奥さんの実家であるフィンランドで合流するまでの間は一人旅をしているらしい。二人の子供も既に独立し、今は悠々自適で年金と不動産収入で旅三昧というある意味羨ましい方である。
 彼も既に36か国を訪問済ということなので、時間も忘れてこれまで訪れた旅の話で大変盛り上がった。私は東南アジアの話を中心に、彼はヨーロッパに関する話がメインであり、話題は全く尽きることはなかった。ちなみに、これまで彼が行った中でのベストシティは「サンクトペテルブルグ(ロシア)」とのことであり、私が行ってみたい街の一つとして確実にインプットされた。
 余談であるが、彼がモロッコに行った時の話をした際、「モロッコ人は営業がしつこくて常に金を要求して来るので、あしらうのが大変だった」と言ってきた。私もスペインから1日ツアーでモロッコに行った際にほぼ同じ状況に遭遇しているので、これについては100%同意である。しかし同時に思った。これに関してはインドも相当なものであったと。。。

※以後は、1ユーロ=130円、1マルカ=65円で換算。

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BHの第一印象(クロアチア・ボスニア旅行39)

 バスは11時40分頃にバスターミナルに到着。まずは翌日のサラエボ行きの鉄道チケットを購入しようと思って隣接する鉄道駅に向かったのだが、あいにく窓口はクローズ。どうやら、この駅を通過する鉄道は1日2往復らしく、その前後の時間帯以外はクローズしていることが多いようである。だが、クロアチアで1回電車に乗り損ねている私としては、ここは絶対に鉄道を利用したかった。仕方なく後で再訪することとして、宿泊予定のアパートメントに向かうことにした。
 それにしても人通りもほとんどない極めて閑散とした駅・バスターミナルであり、クロアチアのそれとは大違いである。BHを代表する観光地とは言っても、モスタルはクロアチアからの日帰りツアーで来る旅行者が圧倒的に多いので、一般のターミナルは他の地方都市とそう変わらないのかもしれない。ちなみに、このチケットを巡って後にBH旅行最大のトラブルに見舞われようとは、この時点では夢にも思わなかった。
 バスターミナルからアパートメントまでは1本道であり、結構な大通りであるのだが、車道を行き交う車は少なく通行人もあまり見かけない。そして、沿道には紛争時の銃弾を浴びた建物を幾つも目にした。モスタルも紛争地の一つであったことは理解していたが、クロアチアとは異なり非常に生々しく残っている状態に対して、改めて大きな衝撃を受けた。

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複雑なイミグレ(クロアチア・ボスニア旅行38)

 バスは定刻の8時に出発。スプリットから来た際にも通ったID確認のみのイミグレーションを通過した後しばらく走ると、今度は本当のしっかりしたイミグレに到着した。
 ここではまず係員がパスポートチェックを行い、EU以外の国籍者のパスポートにはクロアチアの出国スタンプが押される。続いてパスポートを係員に預け、暫く待っていると1人ずつパスポートが返却される。この間の手続きは全てバス内で行われるので、基本的には我々がバスから下車したり荷物を見せたりする必要はない。
 だが例外があった。私の隣に座っていたアラブ系の男性と前方に居た白人の男性は、荷物を持ってバスを降りていた。彼らは20~30分後に戻って来たが、なぜ彼らだけ降ろされたのかは全く不明である(少なくとも隣の男性はデンマークのパスポートを保有していた)。
 いずれにしても、このイミグレで40分程度停車した後、バスはボスニアヘルツェゴビナ(以下「BH」と呼ぶ」)国内に入ったのだが、できれば先ほどの停車中にトイレに行きたかった・・・。誰も降りなかったことに加え、バスがこれほど長時間停車するとは考えていなかったので無用な動きを控えていたのだが、結果としてモスタル到着時には結構辛い状態になっていた・・・
(クロアチア編完)

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ホスピタリティとは(クロアチア・ボスニア旅行37)

 この日は、朝食開始時刻の6時半ジャストにレストランに入り、7時20分にはホテルチェックアウト。バスターミナルに向かう途中にある例のコンズムで水とトマトを調達することにした。
 入口前に辿り着くと7時半開店のようなのでしばらく待っていると、間もなく店員が出てきて無言でドアを開け始めた。日本であれば「お待たせしました」「いらっしゃいませ」風の2~3ワードが発せられるであろうが、彼らは無言で鍵を開けるとすぐに売り場に戻って、それまで行っていたであろう品出しや陳列作業を続けていた。
 私自身はもう慣れているので、こうした対応について別段何とも思わない。世界的に見れば単に日本が異常なだけであり、だからこそ日本の「おもてなし」「ホスピタリティ」が世界で評価されるのは当然である。
 だが、仮に私が何か聞けば彼らはしっかり教えてくれるし、こうした際に大きな不便や不満を感じることもあまりないので、(変な意味ではなく)それが彼らのホスピタリティだと考えれば別段何の違和感もないし、我々旅行者は単にそれを受け入れればよいだけの話ではないかと思う。

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シティツアーバス(クロアチア・ボスニア旅行36)

 昼食後は、昨日訪れていない「民族博物館」及びドブロブニクチケットで入れる「○○劇作家の家」を訪問。感想はどちらも今一つピンと来なかった。一通りの見学を終えてピレ門付近をブラブラ歩いていると、シティバスらしき車体を発見。確認すると間もなくバス出発とのことだったので、迷うことなく飛び乗った(バス代は75クーナ=約1,350円)。
 このバスはドブロブニク郊外にある展望スポットを1.5時間で3か所巡るツアーバスであり、これまでの市内観光型バスとは若干性質が異なる。だが、パノラマスポットで写真撮影のため数分停車といった観光客向けのスケジュール管理が行われるなど、予想に反してなかなかのものであった。ドブロブニクならではの運行パターンであると言ってよいだろう。
 シティバス乗車後は、さらに旧市街内の教会群などの見学を行い、17時半には旧市街を離れて、明日のモスタル行きバスチケット購入のためにバスターミナルに向かった。チケット代(118クーナ=約2,120円)が、ガイドブックの記載料金と比べて60クーナ安かったので、乗り心地の悪いミニバス用のチケットを買ったのではないかと心配になったが、全く問題はなかった。こうしてクロアチア最後の夜は、のんびりとホテルで過ごしながら早めに床に就いた。

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夏のストーブ(クロアチア・ボスニア旅行35)

 下山後は、中心部広場付近のレストランで昼食を取った。ビール(25)+イカスミリゾット(80)+テーブルチャージ?(15)+チップ(10)=130クーナ(約2,340円)という普通のレストランでの食事。味はまずまずであったが、一つ大きな問題があった。
 というのは、オーダーして待っている間、汗をいつも以上に搔いていたからである。確かにこの日も猛暑であり、いつもと同じ35度超えであろうから不思議はなかったが、日陰にいるにもかかわらず少しおかしいと思った。今考えれば、ここで気づかない自分もおかしい。
 間もなく料理がサーブされて食べ始めたが、ますます暑さを覚えるようになった。他の客を見てもそれほど暑がっている様子はない。どうもおかしいと感じ、何となくふと斜め後方に目をやると、そこにはオレンジ色の明かりを付けたストーブが設置されていた。こうして犯人は特定されたが、既に食事は半分以上平らげており、今から席替えも面倒くさかったので椅子を少しズラしてそのまま食べ続けた。
 (ウェイターに案内されたわけではなく、ここに座ってよいかと断って)勝手に自分が座った席なので文句は言えないが、なぜにテラス側に向かってON状態のストーブが設置されていたのか全く理解に苦しむ・・・

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山からの眺望(クロアチア・ボスニア旅行34)

 この日も前日と同様に8時半過ぎには出発。幸いにも旧市街行きのバスはすぐにやってきたのでそれに乗車し、降車後は10分ほど歩いてスルジ山頂行きのロープウェイ乗り場に辿り着いた(料金は往復で108クーナ=約1,940円)。
 乗り場には行列が出来ていたのでしばらく待っていたが、5分ほどしてこの行列は団体向けのものであることが判明。これまでも何度か感じていたことだが、クロアチアは要所要所の案内が若干不親切であり、予想に反して個人旅行者にとって不便な点も少なくない。
 ロープウェイ内では日本人団体ツアーと一緒になり、乗車中は日本語ガイドの説明を十分聞くことができた。こうして点はツアーの大きな長所である。そして、到着時には集合は今から20分後であることを告げられていた。これがツアーの短所であり、私は頂上にある博物館見学も含めて1時間半は滞在していた。「好きな時に好きな場所で好きなことを楽しむ」というのが個人旅行の最大のメリットであり、このメリットがある限りやはり団体ツアーに対する抵抗感は無くならない。
 山からの眺望も相変わらず見事であるが、併せて前述の博物館の展示内容にも衝撃を受けた。ドブロブニクもユーゴ紛争の被害を少なからず受けており、その時の写真や映像が多数公開されていた。危機的世界遺産であった旧市街の街並みがここまで復興したという人間のパワーは驚嘆すべきであるが、その原因となった戦争を起こすのも人間である。人間の力は、世界にとってより良い方向に使っていくべきであるという至極当然のことを考えながら、スルジ山を後にした。

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帰りのバス停(クロアチア・ボスニア旅行33)

 こうして充実した1日を終えて、バスでホテルに戻ることにしたのだが、ここで一つ小さな失敗を犯す。まず、既に日は落ちて周囲は暗くなっており、加えてバス停付近は地元住民で大変混雑しているという、あまり好ましくない状況下。さらに、後続のバスも明らかに遅延している。この狭いエリアに関する限り、オペレーションは最悪と言って良い。
 こうした中、往路のバス停の向かいにもう一つバス停があり、そこには私の乗車すべきバスの時刻表も明確に記載されていたことから、当然ここが帰りのバス停だと考えた。しかし、20分近く待ったが目的のバスはやってこない。前述の通り、目的地に向かうバスは複数路線あるので、これだけ長時間来ないことは明らかにおかしいと考えていた矢先、往路バス停に停車しているバスに続々と人が乗り込んでいる。バスナンバーを確認すると、まさに私が待っていたバスであった。 
 無論、私の待っていたバス停にも次々とバスが発着していたので、私の認識が正しいかどうか断定はできない。しかし、少なくとも私の乗るバスについては、往路のバス停=復路のバス停であった可能性が高い。とするならば、全く無関係の場所に余計な情報を載せないで欲しい。
 余談であるが、クロアチアの場合には1回ドライバーがドアを閉めて発車の意思表示をすると、(信号待ちで全く進まずにそのまま停車しているにもかかわらず)その後追い付いてきた乗車希望客がいてもドアを開けない。無論ドライバー次第でありケースバイケースなのだろうが、私はこの旅行中に同様のシーンを3回目撃した。乗客の反応は様々であり、中には怒って両手でバスを叩き付ける男性もいた。少なくともこれに関しては、日本とは随分違う光景であると感じた。

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海からの眺望(クロアチア・ボスニア旅行32)

 この日の夕食は、昼に訪れたレストランを再訪してムール貝をはじめとするフルコースをいただいた。ビール+イワシアンチョビー+ブルゴット+ムール貝+ロジャータで226クーナ。前述の通り今回はしっかりと250クーナ(約4,500円)支払い、サンキューベリーマッチとお礼を言われた。ちなみに、今回旅行における食事面に関する大きな散財はこれで最後である。
 お腹が満たされ、この日のラストは1時間のミニクルーズである。食事前にツアーデスクに確認したところ19時発のツアーがあり、サンセットクルーズとしてお勧めとのことであったので申込んでおいたのだ(75クーナ=約1,350円)。この船は、当初ガイドブックに載っていたクラシカルな木造船によるツアーかと思っていたのだが、実際には普通のグラスボートであった。どうやら同じようなツアーが沢山あるらしく、この点はその時にしっかり確認すべきであった。
 ボートは、私以外の日本人2人をはじめ10人ほどの観光客を乗せて出発。旧市街地と沿岸に浮かぶ多くの船が夕日に照らされる様は、陸からの眺めとは明らかに異なる風情がある。翌日に予定している、山から見下ろす眺望も非常に楽しみになってきた。

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