足立区出身税理士の海外旅行記

地元の東京都足立区で事務所を開業している税理士の海外旅行記です。

ヒヴァの歩き方(ウズベキスタン旅行26)

 再三述べているヒヴァの魅力であるが、普通に中心部の観光スポットを歩く以外にも数多くの楽しみ方がある。
 まず、中心部にあるミナレット頂上から内城を見下ろすと、ヒヴァ内城の全景を目にすることができる。地図で見ていた内城の構造が一層クリアになるので、より散策が楽しくなる。また、西門入ってすぐの所にある「キョフナアルク」からの眺めも素晴らしい。こちらは全景というよりも少し高い所から見下ろすという感じになるが、一つ一つの建物が一層鮮明に見ることができるという点においてミナレットからの眺めに負けないレベルである。さらに、内城の外からの眺めも格別である。朝日や夕日に照らされる城壁、そして外側にある外城の城壁を目にすると、ここがかつてオアシス都市であることを彷彿とさせるものがある。
 最後に、ヒヴァ内城の中心部は毎日多数の観光客で賑わっているが、一歩路地に入るとそこは現地の人々が暮らす生活の場所に様変わりする。私の宿泊ホテルが立地する南門周辺もそうであるし、中心部から離れた北半分のエリアにもこうした生活の匂いが溢れている。そこでは住民が談笑し、或いは洗濯や炊事をしている様子、そして子供たちが無邪気に遊ぶ様を目にすることができる。そして、このエリアに足を踏み入れると、かなりの確率で屋内外から声を掛けられる。
 結論としては、絶対に訪れるべき場所であるという点に尽きよう。

足立区の中野浩志税理士事務所
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舞い散る紙幣(ウズベキスタン旅行25)

 前項で百数十枚の紙幣を受け取った後、念のため枚数をカウントしたかったが、あいにく付近にそれができそうなスペースは見当たらない。そこで建物の陰に移動し、そこで札束の枚数を確認し始めた。周囲を警戒しながら、慣れない手付きで紙幣を数えるとともに、十枚毎に区分するという作業を行っている途中、急な強風に襲われた。と同時に私の手にあった札束が大気に舞い、気づけば数十枚が周囲に散乱しているというアニメ・ドラマのような事態に陥った。
  「完全にやってしまった・・・」と思い、急いで周囲の紙幣を拾い始めるが、その動揺は隠せない。すると、周囲に居た子供たちが急いで私の下に駆け寄り、紙幣回収を手伝ってくれた。おかげで、あれだけ沢山地面に落ちていた紙幣は全て回収できた。
 私は彼らに現地語でお礼を言い、急いでその場を離れた。その後、少し歩いて落ち着いた所で先ほど拾い集めた紙幣を再度数え、紙幣が渡された枚数通りに1枚違わず手元にあることを確認した。両替商がまともであったことはとりあえず一安心、そして子供たちが一生懸命かつ正直な気持ちで私を助けてくれたことに対しては、感動と感謝の気持ちで一杯であった。
 この後、再度先ほどの両替商の所に行き、同じ男性から更に50ドル分の現地通貨を調達。この日の午後に再々度訪れて50ドル両替しているので、合計120ドル替えたことになる。結局、この旅行中に現地通貨に両替したのはこの時が最後である。なお、両替紙幣についてはホテルに戻ってから全て枚数チェックを行ったが(結局600枚以上)、枚数は完全に合っていた。また、約2%の確率で紙幣が一部破れていたが、他のまともな紙幣に混ぜて支払時に使って問題なかった。

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路上の闇両替(ウズベキスタン旅行24)

 この日も、前日見落とした観光スポットを中心にヒヴァの美しい街並みを散策したが、やがて手持ちの現地通貨が底を尽きかけていることに気付いた。財布に入りきれないほど沢山あった紙幣であるが、何しろ1枚が20円未満の小額紙幣であるので、当然無くなるのも早い。
 前日、運良くホテルで知り合った日本人旅行者から「東門付近のマーケットに闇両替商が沢山居る」との情報をゲットしたので、早速東門を抜けてマーケット付近をうろうろしたが、どうもそれらしき人は見当たらない。そこで、さらにマーケットの奥の駐車場付近まで更に5分ほど歩みを進めたところ、ようやく「マネーチェンジ?」という声を各所から聞くことができた。
 少なくとも十数人は居る彼らのうち1人に目を付けて、「1ドル=  スム?」と書いた紙とペンを渡したところ、「6,300」と書いてきた。タシケントのホテルの相場と同じレートである。そこで試しに20ドル札を見せると、彼は用意していた札束の山から一束、そして端数はポケットから紙幣を取り出して私にくれた。本来であれば、渡された紙幣が正しい枚数なのか、破損している紙幣はないかなどの確認は必須であるが、何しろ全部で百数十枚である。ここでは枚数確認という常識的な考えを捨てるべきであったのだろうが、私はそうしなかったために、その後予想だにしないトラブルに見舞われることになる・・・

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清々しい一日の始まり(ウズベキスタン旅行23)

 ヒヴァの2日目は早朝散歩から始まった。6時に起床し、目の前にある南門から城外に出て、城壁沿いを西門方向に歩く。丁度城壁から昇ろうとする太陽を拝むこともでき、その光景は日中にも増して風情満点である。西門からは再度内城に入り、昨日通った道を再度散策。朝方ということで日中とは比べものにならないほどの静けさであったが、私同様この素晴らしい街並みを朝歩きたいと考えた人も少なくなく、日本人観光客も数人目にした。なお、途中自撮り棒が壊れるというアクシデントもあったが、予備をもう1本持参していたので、被害は最小限に食い止められた。まさに備えあれば憂いなしである。
 こうして1時間ほど散策を楽しんでから7時過ぎにホテルに戻り、そのまま朝食を取った。朝食会場はB&Bとは思えぬほどの豪華な部屋・内装であり、そのメニューの充実度も目を見張るばかり。前述のとおり、設備面では多々問題がある同ホテルであるが、ソフト面のサービスは本当に素晴らしい。朝食の充実度は他の宿泊ホテルを遥かに凌いで断トツのナンバーワンである(もっともサマルカンドのホテルでは朝食を取れなかったが・・・)。
 体調もすこぶる良くお腹も満たされ、かつこの日は終日この美しい街並みを堪能できるという幸福感に包まれながら、この日の観光を開始した。

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オイリーな名物料理(ウズベキスタン旅行22)

 夕方までに概ね中心部の観光スポットを潰した後は、内城から少し離れた場所にある「ヌルッラバイ宮殿」という20世紀初頭に建設された宮殿を訪問。宮殿内部はそれなりに美しいが、個人的には時間のない人がわざわざ足を延ばすほどの場所ではないと思われる。この宮殿以外にもヒヴァには内城周辺に幾つか見どころがあるのだが、これを踏まえて翌日はほぼ内城の見学に専念した。
 宮殿見学を済ませて、この旅行で実質初めてとなる夕食を取ることにした。周辺のレストランが全て準備中のようであったので、近くの公園で30分ほど休憩しながら子供たちが遊んでいる姿をぼんやり眺めていた。ここでも数人から声を掛けられたり、公園内を散策できたので、それほど退屈はしなかった。
 こうして17時半過ぎに入った食堂では、シャシリク2本とコーラを注文(合計で1.3万スム=約220円)。シャシリクは、昼食時のものに比べて数倍はある肉の塊が串に刺さっており、その大きさよりもオイリーさが凄かった。特に、串に刺さっている脂身肉は要注意。タシケント空港で待ち合わせたJ氏の「脂身肉は残せ」は正解である。
 夕食後は、ホテル近くのミニスーパーでご当地ビール「サルベスト」(6千スム=約100円)と水1リットル(2千スム=約30円)を購入。ホテルに戻ってビールを飲みながら、午前中にウルゲンチで買ったナンを少し食べ、そのまま眠りについた。

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ヒヴァの土産物店(ウズベキスタン旅行21)

 ヒヴァ中心部には多数の土産物店が軒を連ねている。具体的には、やはり絨毯や女性用服飾品を扱う店が多く、中心部に工房が多数立地していることもあり、陶器や木製品を扱う店も非常に多かった。私個人としては、木彫りの読書用机に強い関心を持ったが、荷物が多くなるので買うのは差し控えた。
 一方、お土産の定番であるご当地Tシャツは、驚くほど販売している店がなかった(というか私はほとんど見かけなかった)。その後の訪問都市では多種多様なTシャツが各所で販売されていたので、今考えても非常に意外である。
 また、土産品相場については、やはりツーリストプライス感は否めないが、少なくともヒヴァに関しては法外価格というほどではないと感じた。中には、現地相場とそれほど変わらない価格で販売している店もあり、その点は大変好感が持てた。私の例で言えば、土産用の小さな器を5千スム(約80円)で買ったが、これは店によっては2万スムと言われる(その後概ね1万スムまで下がる)。また、建造物に使われる中央アジア模様の小さなタイルは、3~5ドルの範囲で当初提示があり、結局1.5万スム(約250円)で購入。これらの購入金額は、概ね多少相場よりも高めで合意し続けていた私のプアーな値切り能力から考えると、まずまずの金額ではないかと思う。
 このように、もし買いたい商品が決まっている場合には、最低でも2か所で価格をチェックしておくことは必須と言えよう。なお、上記はあくまでヒヴァの例であり、次に訪れるブハラでは様相は全く異なる。これについては後述したい。

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中心部の観光(ウズベキスタン旅行20)

 ヒヴァ初日の午後は、ひたすらガイドブックに載っている見どころを1か所ずつ見学していくというローラー観光に終始した。「キョフナアルク(古い宮殿)」「カルタミナル(未完成のミナレット)」「イスラーム・ホジャ・メドレセ(昔の神学校)」などを中心に、林立するメドレセやモスク群を片っ端から潰していく。  
 メドレセについては、これまであまり馴染みがなかったので特に興味を持って見学することができた。その途中、私がヒヴァで宿泊したかったメドレセホテルも目にしたが、仮にヒヴァを再訪する機会があれば、絶対このホテルに宿泊したいと思った。
 入場はあらかじめ購入した共通入場券で概ね可能であるが、施設によってはチケットチェックされないこともあるので、管理はそれほど厳密ではない模様。また、「パフラヴァン・マフムド廟」やキョフナアルクの展望台など一部の施設は別途入場料が必要であり、私がうっかり通り過ぎた時には当然止められた。さらに、これらの入場料はスム・ドルのいずれでも支払可能であるが、こうした施設における換算率は1ドル=3千スムの公定レートなので、当然闇でスムに両替してスムで支払えば実質50%引きになる。
 余談であるが、キョフナアルクの屋上に上る際、壁面ボードには入場料1.5ドルと書かれていたが、私が躊躇していると1ドルでOKとのこと。前述の通り、無論1ドル以上に価値あるスポットではあったのだが、入場直後にスムで支払った方が明らかに得であることに気付いてしまった。この時以来、ドル紙幣はないものと考えて旅を続けた。

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フォトOK(ウズベキスタン旅行19)

 ヒヴァでは団体・個人問わず日本人観光客を非常に多く見かけた。さすがにこれだけ居れば日本人も珍しい存在ではないだろうと思っていたのだが、少なくとも私は1日10回以上は現地の人々から声を掛けられた。
 挨拶には挨拶で返すシンプルなコミュニケーションであれば、これまでの旅でも幾度となく経験済であるが、ここでは一緒に(被写体となって)写真に写って欲しいとの依頼が本当に多かった。最初はカメラを私に見せてくるので、私に(彼らの)写真を撮って欲しいのかと考えてカメラを借りようとすると、カメラは渡されず代わりに私の周囲に数名が集まってくる。そして、皆楽しそうにポーズを取り2~3枚シャッターを押されるという具合。多くは地元のツーリスト達であり、この旅行全体で10回位経験した。少なくとも私個人が被写体として魅力があるとは思えないので、東洋人の存在が珍しいからだと思うのだが、前述した日本人旅行者数の多さを考えると今一つしっくり来ない話である。
 また、私が散策していたり、或いはベンチに座ってガイドブックを読んでいる時に(私に断りもなく)シャッターを押されるという経験も2~3回あった。別段不快ではないが、やや不思議に感じた。

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残念ルート(ウズベキスタン旅行18)

 この日の午後からは、早速ヒヴァ観光に繰り出した。前述の通り、ヒヴァの内城はどこも絵になるほどの美しい街並みであり、特に歴史好きの旅行者であれば誰もが虜になることだろう。この観光中における私の感激や感動を言葉で表すことは困難であるので、個々の観光施設・スポットについてのコメントは割愛したい。日本から訪れるには不便な場所であることは間違いないが、誰が訪れてもその労苦に倍する魅力が溢れていると確信している。
 かなり前の項において、ヒヴァからタシケントに向けて戻るルートを残念ルートと表現した観光客のことについて触れた。この意味するところは、ヒヴァが余りに突き抜けた観光スポットであるため、その後訪れる都市(ブハラ・サマルカンドなど)が色褪せて見えてしまうことを指している。
 帰国して思うことは、私はこの残念ルートの罠に完全に嵌ってしまったということである。仮にこの残念ルートではなく逆ルートを辿っていれば、ウズベキスタンの各都市の魅力を万遍なく感じられる旅になったと思う。それほどまでにヒヴァの魅力は強烈で凄まじいものであった。

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設備かサービスか(ウズベキスタン旅行17)

 ヒヴァの宿泊ホテルの評価は宿泊者にとって分かれる所であろうが、私自身はヒヴァの観光が充実したものになった要因の一つとして好意的に評価している。
 実際のところマイナス要素は少なくない。フロントで両替不可(ホテルで両替不可であったのは、私がこの旅で宿泊したホテルの中ではここだけ)、周囲の騒音がかなり響く、シャワーの水圧が驚くほど弱い(これは内城の宿泊施設では概ねどこも同じである模様)、ドライヤーや冷蔵庫がないなどアメニティもシティホテルに比べて貧弱、などである。
 だが、このホテルの大きな長所はそのホスピタリティである。英語が話せる若者は色々と有益なアドバイスをしてくれる。そして、このホテルの主人と思しき女性は英語NGであるが、その心遣いと優しさは十分伝わってくるものがあった。簡単に言えば大変居心地の良い宿である。また、朝食は豪華であるとともに、B&B風のアットホームさも兼ね備えた大満足の内容であった。
 設備が良くてサービスが平均的なホテルと設備が並でもサービスが優秀なホテル、私は間違いなく後者を選ぶ。

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ヒヴァの第一印象(ウズベキスタン旅行16)

 11時15分頃にトロリーバスに乗車し、1時間ほどするとドライバーや前後の乗客が私に「ヒヴァ・ヒヴァ」と一斉に教えてくれた。ガイドブックでは2時間かかると記載されていたが、何と1時間で内城の外側に到着というある意味嬉しい誤算である。唯一の後悔は、この時慌てていたのでトロリーバスの写真を撮り忘れたことだろうか・・・
 ヒヴァは四方を城壁に囲まれたオアシス都市であり、その街並みはしっかりと保存され世界遺産にも指定されていることから私の期待も大きかった。そして、その期待を遥かに上回る魅力を有する街であることは5分で実感することができた。
 北門と東門を間違えて若干無駄な移動を強いられたものの、久しぶりにヨーロッパ・東南アジア以外の街並みを見た感動、そして昔ながらのオアシス都市の風情満点エリアに身を置いていることに対する感激は、荷物を持ちながらの移動というハードさを完全に忘れさせた。そして、移動中に出会う人々とは「ハ~イ」と挨拶を交わし、遠くから子供たちに「ハロー」と声を掛けられる。この最初の印象により、この街は断トツでこの旅一番の都市として私の旅行史に定着した。これまで訪れた全都市の中でも間違いなくトップ3に入る。
 宿泊ホテルは南門付近の内城(城壁に囲まれた内部アリア)に立地するB&B。内城エリア宿泊は私の絶対条件であり、そのためにホテル手配を(通常利用するインターネット予約では対応できなかったので)現地旅行会社に依頼したほどである。そして、今日・明日と1.5日間に亘りこの魅力あふれる街を観光できるという幸せな気持ちに包まれてホテルに入った。

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語学の壁(ウズベキスタン旅行15)

 食堂から数分歩くと、広いマーケットの中に幾つかある出口の一つに到着。この周辺では例の闇両替屋に度々声を掛けられた。札束の入った大きな袋を持ちながら、皆が英語で「エクスチェンジ?」或いは「ドル・ルーブル?」と言い寄ってくる。両替自体に関心はあったが、路上両替は諸々リスクを伴うと考えてここはスルー。
 こうして徒歩10分程度でトロリーバス乗り場に到着。ちなみに、トロリーバス乗り場は道路を挟んでマーケットの向かい側にあるが、何しろマーケット自体非常に広いので、初訪問の旅行者が迷わずに辿り着くことは極めて困難であろう。目の前に停車していたバスに「ヒヴァOK?」と確認して乗車。バス内はすぐに乗客で一杯になり、ヒヴァにむけて出発した(バス代は千スム=約20円)。乗客は全員地元住民と思われ、日本人・外国人を問わず観光客風の人間は私だけであった。
 出発してしばらくすると、前後の乗客が何やら話しかけてきた。しかし、言葉はロシア語(又はウズベク語)と思われ、無論私は何を言っているのかわからない。とりあえず、挨拶と日本人であることだけロシア語で伝えると、周囲はそれなりに盛り上がった。別の中年女性がまた何か尋ねてきたが、やはりわからないので、とりあえず「ヒヴァ」と答え、その後ブハラ・サマルカンド・タシケントとこれから訪れる都市名を伝えた。すると、また周囲はまた何かざわめき出すということが、この後2~3回繰り返された。このバスに乗車する外国人、特にこの周辺ではあまり見かけることがない東洋人が非常に珍しいのだろう。また、やや離れた所に居た子供は、ずっと私の方を凝視していた。
 こうした一連の経験は別段初めてでなく、また交流と言う意味で好意的に受け止めている。ここでトロリーバスを選択した理由の一つもこの点を重視しているからである。と同時に、現地の言葉が話せたらこの数倍は楽しいであろうと毎回考える。

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ウルゲンチのマーケット(ウズベキスタン旅行14)

 ウルゲンチのマーケットに到着したのは午前10時過ぎ。少なくとも500m四方はあろうかという広いエリア内は、沢山の買い物客で賑わっていた。
 広いエリアの中でもメインマーケットと思しき場所に足を延ばすと、大きく平たいナンや現地の野菜・調味料などが販売されているスペースに辿り着いた。ウズベキスタンのナンは一人では到底食べきれぬほどの大きさであるが、誘惑に負けて早速1枚購入(1,500スム=約25円)。そして、販売員女性とナンのツーショット写真を撮らせてもらった。 
 先方も慣れたもので、「フォトOK?」と言うや否や、ナンを持ってポーズを決める当たりはさすがである。おそらく観光客などによる同様の撮影依頼が多いのだろう。ちなみに、私はほぼ各都市でナンを購入しその都度写真撮影をお願いしたが、全員が快諾し、かつこのポーズを格好よく取ってくれた。
 その後は、マーケット内の食堂で早めの昼食。小さなシャシリク(肉の串焼き)+サムサ(肉や玉ねぎが入ったパイ)+ナンで4,500スム(約75円)は格安と言って良いだろう。ちなみに、ナンは注文しなくてもサーブされることが多く、かつ有料であるので、明らかに不要な場合にはあらかじめ伝えておくことが好ましいかもしれない。
 そして、この食堂で先のトロリーバス乗り場を入念に確認し、お腹も満たされたのでヒヴァに向けて出発することにした。

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第2の試練(ウズベキスタン旅行13)

 トロリープラン選択のためには、まずウルゲンチ中心部まで移動する必要がある。中心部までは約4キロと荷物を持っての徒歩移動は相当厳しい。空港到着口に屯すヒヴァ行きタクシードライバーの勧誘を避けつつしばらく歩き、少し離れた所に待機していたドライバーにウルゲンチ中心部までの料金を確認したところ2ドルとのこと。
 まずスムで支払いたいと言ったところ、なぜか1万スムと言ってきた。前日1ドル=6,300スムで両替しているので、このドライバーの相場感は意味不明である。その後多少のやりとりを経て8千スム(約130円)で合意した。1本道を走ること数分で中心部に到着。この距離ならば5千スムで十分であったが、これは仕方ないところだろう。
 次の問題は、この中心部のどこかにあるトロリーバス乗り場を探し出すことである。これに関しては事前にインターネットで入念に調べたのだが、残念ながら正確な情報を入手することができなかったので自分で探すしかない。
 だが、目の前には大きな建物群に囲まれた大規模なマーケットが見える。その誘惑に勝てずに、気づけば重い荷物を担ぎながらマーケット巡りを始めていた。

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物好きの選択(ウズベキスタン旅行12)

 タシケントからヒヴァの最寄都市であるウルゲンチに向かうウズベキスタン航空の国内線は、出発が20分近く遅れたにもかかわらず定刻到着。前日のタシケント到着便同様、日本人観光客の多さに改めて驚かされた。おそらく多くの日本人旅行者が、私と同様に一度ヒヴァに飛び、そこからタシケントに戻って来るルートを組んでいるのだろう。一見ベストルートのように見えるが、現地で知り合った旅行者曰く「残念ルート」とも言うらしい(詳細は後述)。
 ウルゲンチ空港からヒヴァまでの移動方法は、大きく分けて3種類ある。まず、ウルゲンチ空港からタクシーで直接ヒヴァに向かうルート。空港からのタクシーということで料金はそれなりだが、シェアすればそれだけ安くなるし所要時間は40分と最短であるので、多くの旅行者が利用するプランである。ちなみに、このタクシー料金は1台10ドル程度が順当なラインと思われる(交渉してもおそらく10ドル未満にはならない)。
 次に、ウルゲンチ市内までタクシーで行き、そこからシェアタクシーで向かうプラン。ウルゲンチ中心部からはシェアタクシーが頻発しているので、前述に比べて経済合理性は高いが、時間も多少かかる。
 そして最後に、ウルゲンチ市内までタクシーで行き、そこからトロリーバスに乗るパターン。トロリーバスは片道2時間かかると言われており、格安とは言ってもよほどの物好きでなければこの方法は問題外であろう。しかし、私はその風変わりな物好きの一人であった。渡航前からこのトロリーバスに妙な興味を覚えていた私は、迷うことなくトロリープランを選択した。

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初っ端の小トラブル(ウズベキスタン旅行11)

 空港までの移動はホテルに依頼したタクシーで移動。あらかじめホテルフロントに相場を確認したところ7千スム(約120円)とのことであり、随分安いという印象があった。
 早朝と言うことで渋滞とは全く無縁で走ること10分程度で国内線ターミナルに到着。そして、あらかじめ聞いていた料金を支払おうとしたところ、ドライバーが2万と入力された電卓を見せてきた
 ホテルタクシーだからと言って安心せず、しっかり料金確認しなかったことは私の落ち度であったが、無論言い値通りに支払う気はない。数分口論となりやがて1.5万→1.3万まで落ちた。それでも納得いかないので、ホテルに連絡すると言って電話を掛けようとしたところ、ようやく諦めた表情で1万OKとのこと。
 これでもまだ不満であったものの、相場の1.5倍まで落としたことでこちらも妥協して車を降りた。しかし、経済的な損害以上に後味の悪い始まりになってしまった。ちなみに、これと全く同じパターンをこの後もう1回経験することになるのだが、この時は相当な体調不良であったので言い値(相場の約1.5倍)で支払ってしまった・・・。このトラブルを回避する方法は、ホテルタクシーだからと言って安心せずに必ず乗車前に料金を確認することである。

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滞在登録証(ウズベキスタン旅行10)

 実質観光初日となるこの日は6時前に起床。素早く着替えを済ませ、6時20分にチェックアウトして朝食ボックスを受け取った。朝食時間前ということでボックスを準備してくれたホテルの厚意にはただただ感謝。しかも、その中身は結構な充実度であり大満足であった。
 そしてもう一つ受け取った朝食よりも遥かに大事なもの、それは「レギストラーツィア」と呼ばれる滞在登録証である。滞在登録証は宿泊ホテルが発行する証明書であり、これにより入国した外国人の管理が厳格に行われている。この滞在登録証は出国の時まで持参している必要があり、仮に税関や警察から審問された場合に提示できなかった場合には、逮捕・拘束される可能性がある。パスポートを除けば、前述した税関申告書の次に重要な書類と言って良く、私も肌身離さず持っていた。
 結局、私の旅行中に警察官から滞在登録証の提示を要求されたことはなかったが、宿泊ホテルからは前に宿泊したホテル分の提示を求められたことがあったので、無用のトラブルを避けるためにも絶対に紛失してはならない。

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グッドホテル(ウズベキスタン旅行9)

 まず初日の宿泊ホテルは、中心部とは逆方向に空港から車で10分弱の場所に立地する中級ホテル。翌朝ヒヴァに向けて出発する都合上、できる限り空港から近いホテルでそれなりのグレードであれば可と考えていたのだが、このホテルの設備・アメニティ・サービスは期待以上であった。
 到着後、ドライバーにチップ1ドルを渡してチェックイン。ここで懸念していた現地通貨スムへの両替について確認したところ、公定レートは1ドル=3千スムとのこと。前項で述べた理由により旅行中は基本的に闇利用を考えていたのだが、この時間から闇屋を見つけることは不可能であるので、翌日午前中までに使用する必要最小限の金額だけは公定レートで両替しようと考えてフロントで確認すると、1ドル=6,300スムでOKとのこと。
 喜んで50ドル札を出すと「そんなに沢山は無理だ」とのこと。交渉の結果20ドル両替で同意し、財布には到底入りきれない多数の紙幣を見て驚いた。だが、この時は最近流通し始めた5千スム札が含まれていたことから、その後貰う千スム札の札束に比べれば、十分管理可能な枚数である。
 なお、なぜホテル側が両替金額に上限を設けたのかについての理由は不明であるが、夜間であったためにホテル側の手持ちが少なかったということであると考えている。少なくともその後の行程を振り返る限り、彼らがドルとの両替を拒む理由は想定できない。この日の夕食は、自宅から持参したランチパックで済ませ、翌日の行程をざっと確認した後早めに就寝した。

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公定レートと闇レート(ウズベキスタン旅行8)

 ウズベキスタンについて語る上で二重レートの件は必須と言えるので、一項割いて説明したい。ウズベキスタンの為替レートは政府が定める公定レートが存在し、このレートは私が旅行した時点では1ドル=3千スム弱であった。高級ホテルや銀行ではこのレートに基づき両替が行われるとともに、博物館をはじめとする観光施設の入館料についてもこのレートに基づいて換算された外貨(ドル)で支払うことが可能である。例えば、入館料1.5万スムの博物館にドル払いする場合には5ドル支払うことになる。
 一方、この公定レートとは別に市場で流通するレート(以下「闇レート」と呼ぶ)も存在し、この時点における本レートは1ドル=6,300スムであった。当然、ドルを持っている我々旅行者は、闇レートによる両替を行う方が倍以上得をすることになり、上記の博物館の例であれば、スムで支払うことにより実質2.5ドル以下で入館できる。
 無論、闇両替は違法行為であり、仮に警察に見つかると逮捕・拘束されるというリスクも0ではないのだが、実態としてはマーケットで札束を抱えた闇両替屋が積極的に声掛けを行っており、それほど危険な臭いは感じない。だが、後述する通りウズベキスタンの主要通貨は千スム(約18円)と超低額であり、ドルを両替すると必ず札束を貰うことになるので、数枚少なく渡されてもまず気づかない。さらに、スムからドルへの再両替はまず不可能と考えて良い。
 ちなみに私は、後述のとおり最初の訪問都市であるヒヴァで120ドル分両替したが、途中で体調不良となり食費がかからなかったことから、最終的に1束分の紙幣(約2千円)を余らせてしまった。この国では、特に両替は計画的に行う必要がある。
 
 ※今後は、1円=60スムで換算。

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ウズベキスタン観光の将来性(ウズベキスタン旅行7)

 こうしてドライバーを待っている約10分間にJ氏とは様々な話をした。その中で最も印象に残っているのが、ウズベキスタンの観光振興に対する彼の思いである。豊富な観光資源に恵まれている同国であるが、残念ながら日本にとってウズベキスタンはまだまだ馴染みが薄い国であり、J氏もその点は十分認識していた。こうした中、日本人に少しでもウズベキスタンを知ってもらい、また今後の渡航先として検討してもらうべく、つい最近も日本に出張して営業活動を行ってきたとのこと。
 また、この実現のためには「日本のおもてなし」の姿勢が重要であることにも触れていた。そして、その言葉を証明するかのように、ようやくドライバーが到着して別れ際に「困ったことがあったら何時でも携帯に電話ください」とのこと。彼のような人物がいればウズベキスタンの将来は非常に明るい。
 唯一後悔している点は、「ウズベキスタン旅行中は疲労と食生活の変化から胃腸の調子を崩しやすいので、最初の2日間位はプロフ(ウズベ風チャーハン)やシャシリク(肉の串焼き)は控えた方が良い」という彼のアドバイスを無視したため、旅行中盤から体調不良に陥ったことである・・・

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J氏との出会い(ウズベキスタン旅行6)

 私が最初に出会った旅行代理店社員の男性(以下、「J氏」と呼ぶ)は、出発前にウズベキスタン航空国内便のチケット手配を依頼した会社から紹介された人物であり、その後、J氏とはホテル宿泊手配の件についてメールで何度かやりとりをした。
 メールの文章によりその人物をある程度定めることは可能であるが、J氏は日本留学経験10年ということで日本語堪能(ロシア語・英語も対応可能)でレスも早く、かつ細かい気遣いもできるという点において好印象であり、そして実際に会って見てまさにその通りであると実感した。少なくともJ氏の出会いは、ウズベキスタンの第一印象をかなり良いものにした。
 まずホテル宿泊料金を米ドルで彼に支払い、本来であればそこで彼の役目は終わりである。しかし、宿泊ホテルのドライバーが見つからないことを話すと、何とそのホテルまで電話を掛けてくれた。ちなみに、ドライバーはまだホテルを出発していなかったようであり、その理由は空港到着時刻+1時間くらいが搭乗ゲートに辿り着く時間であろうと計算したためらしい。要は私があまりにも早く空港を脱出したために起こったハプニングであったが、とするならばその情報を知りながら既に待機していたJ氏はやはり素晴らしいということになる。

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空港脱出までの軌跡(ウズベキスタン旅行5)

 降機した後は一目散で空港内を駆け抜け、気づけば入国審査場に一番乗りしていた。最前列に並ぶことができたので、割り込まれることもなければ前の旅行者の審査に苛つくこともなく、ものの5分で通過できた。ゲートを抜けて後ろを見ると、やはり長蛇の列(懸念したような割り込み可能ないい加減な列ではなく、比較的しっかりとした列)。また、これだけの列が出来ていても審査窓口は3か所だけと言う状況については、この後も何度か目にしたし、加えて十分予測できた現象であったので特段の驚きはなかった。
 預け荷物もなかったので、そのまま税関で申告書を提出。ここも重要ポイントの一つである。申告書には全ての所持金を正確に記入する必要があり、稀に所持金をチェックされて記入額と一致していないと面倒な事態に陥るとのこと。さらに、申告書は同じ内容で2枚記入して1枚は返却されるのだが、出国時における所持金がこの時記入した所持金を上回っていると、不法就労を疑われてこれまた相当面倒な事態に陥るらしい。なお、この時返却された申告書の紛失は絶対NGである。私は、あらかじめ機内で3種類の通貨(円・ドル・ウォン)を正確に記入し、出国時にも1ドル単位で正確に記入しておいた。
 こうして他国にはない面倒な手続きを一つ済ませ、晴れて空港ターミナルを脱出。まずそこで私の氏名が記載されたボードを持った人物を見かけた。彼は、旅行代理店の社員であった。

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初日の難関(ウズベキスタン旅行4)

 これまでの旅行においても、初日の空港到着から市内までの移動・ホテル到着までの間が難関の一つであることは再三述べてきたが、今回ほどそれをプレッシャーに感じたことはなかった。と言うのも、スムーズにホテルに到着するためには、幾つかの課題をクリアする必要があったからである。
 まず前項で述べた通り、タシケント空港の入国審査には相当時間がかかると聞いており(これはウズベキスタン航空関係者の情報なので正確性は高い)、タシケント空港の到着予定は19時20分であったが、空港脱出時間はその2時間後となる可能性もあった。加えて、審査ゲートは日本・韓国のようにお行儀よく行列ができるのではなく、いわゆる割り込みOKスタイルとの情報も耳にしていた。この時は事前座席指定でエコノミークラスエリアのほぼ最前列を確保していたが、空港内を迷うことなく迅速にイミグレーションまで辿り着けるかという点は不安要素であった。
 次に、空港を出てからは2人の人物と待合せをする必要があった。1人は初日宿泊ホテルの送迎ドライバーであり、もう一人は次の目的地のヒヴァのホテル手配などを依頼した現地旅行会社。しかも、空港到着口において彼らをスムーズに見つけられない間は、そこで待ち構えている多数のタクシードライバーとの煩わしいやりとりに巻き込まれる可能性が高い。出発3日前には双方に確認のメールを送って返信があったので問題はないと思ってはいたが、やはり不安であった。
 飛行機は予定通りにタシケント空港に到着。遅延がなかったことは一安心であったが、ここからが本当の試練である。

足立区の中野浩志税理士事務所

ウズベキスタン人気(ウズベキスタン旅行3)

 タシケント便に搭乗してまず驚いたことは、日本人乗客の多さである。全乗客の1割以上(人数にして30人程度?)はいたと思われる。外国都市間のフライトでこの日本人割合は異常と言っても良いだろう。
 この理由としては、まずウズベキスタンが観光資源豊富な穴場スポットであることについて、近年メディアで大々的に取り上げられたことが大きな要因であろう。かく言う私も、こうした映像を見て同国を訪問したくなった一人である。そして、その渡航ルートとして最も利便性が高い経路の一つがソウル乗継便なのである。実は、成田からウズベキスタン航空による直行便も週2便運航されているのだが、私の場合には日程の関係等もあってソウル経由便を選択し、おそらく他の多くの日本人観光客もそうであったと考えられる。
 ソウル乗継の場合には、大韓航空・アシアナ航空がいずれも直行便を運航しており、どちらを利用しても良いのだが、大韓航空の方が2時間ほど早くタシケントに到着する。加えて、タシケント空港の入国審査には相当時間がかかると言われており、フライト遅延等による深夜到着を避けるという観点からは、できる限り早い便を利用した方が賢明かもしれない。
 無論、JALやANAが直行便を運航すればベストであり、私個人としては強くそう願っているし、また今後起こるであろうウズベキスタンブームの到来とともに、近い将来就航すると確信している。

足立区の中野浩志税理士事務所

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