FC2ブログ

足立区出身税理士の海外旅行記

地元の東京都足立区で事務所を開業している税理士の海外旅行記です。

アウシュビッツガイドさんの話①(東欧旅行22)

 以下は、アウシュビッツガイドさんから聞いた話を私なりにまとめたものである。

〇アウシュビッツのバラックには1棟当たり約1,000人収容可能であった(26棟あるので最大収容可能人数は2.6万人)。一方、ビルケナウにも100人単位で収容可能なバラックが約300棟あった。この2つの収容所には延べ約130万人が収容され、労働力として利用可能な若者以外はほとんどガス室送りとなり、多い時には1日1万人が殺害された。
 ちなみに、収容所送りとなったユダヤ人をガス室に送るか否かを決定するのは医者であり、労働力として利用可能な者とそうでない者を機械的に選別していった。人命を救うはずの医者が人の生死を決めるなど皮肉なものである。なお、収容所内における2~3か月経過後の生存率は1~2割と言われている。

〇アウシュビッツ内には、ドイツ国内大手企業の研究施設も立地し、作業過程でユダヤ人を利用していた。近年、これに対する賠償責任を問う裁判が世界各地で行われ、近年アメリカでは被告のユダヤ人側が勝訴した。こうした潮流にもかかわらず、ドイツ企業側は自分達もナチスの被害者である旨を主張して責任を認めなかったが、このほど社会貢献協力金なる名目で被害者1人当たり250~300万円支払うことになった模様である。

〇ユダヤ人の収容とガス室送りは、切り離して考えるべきである。収容は、国家にとっての危険分子であるユダヤ人の一括管理を目的としたものである。一方、ガス室送りは、いかに多くの物品をユダヤ人から剥ぎ取ってベルリンに送って手柄を立て、かつ、不要となった彼らの大量殺りくを効率的に行うかという任務遂行の必要上行われたものである。
 つまり、収容は国家政策として行われ、ガス室送りは成果主義・合理主義的思想から来たものであり、決してユダヤ人憎しの考えからだけではない。

〇収容所の管理システムもドイツらしい賢い方法であった。実は、収容者を管理する者はドイツ人ではなくユダヤ人であった。ユダヤ人同士の牽制システムを構築し、管理側には生きる希望を与え、被管理側の憎しみを管理する同族のユダヤ人に向けさせることで、ドイツ人自らは手を汚さなかった。
 だが、管理側のユダヤ人の人間性を疑うことはあまりに短絡的である。彼らにも当然夢や希望があったわけであるし、その実現のためには管理側に回ってドイツに協力せざるをえなかった。ちなみに、終戦後は、管理側と被管理側で深い心の溝ができることとなり、かつ、管理側の方に同胞を裏切ったという一層深い心の傷が残ったと言われる。

中野浩志税理士事務所
スポンサーサイト



トラックバック

トラックバック URL
http://nakanotax.blog.fc2.com/tb.php/150-aed02dcb
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)